久遠の花~blood rose~【完】



 「かん、がえる、な――。余計な、ことっ!」



 呼吸も荒く、まともに息なんて吸えてないような状態。急いで駆け寄れば、少年は膝から崩れ、倒れこんでしまった。

 「……、っ……ぁ、が」

 「急いで吸わないで! いい、私に合わせて?」

 こういう時、焦って吸おうとしたら余計まともに息を吸うことなんてできない。一定のリズムで、欲張って吸おうとしない。初めは小さくていいから、落ち着くことが大切だ。

 「っ……、……」

 「その調子。ゆっくり、ゆっくりでいいからね」

 苦しそうに歪む顔が、徐々に穏やかな表情へと変わっていく。
 まだ瞳に覇気は無いけど、少年はしっかり、私を見つめている。

 「しばらく、このままでいなさい」

 「…………問題、なっ?!」

 すぐに起き上がろうとしたものの、体力を消耗したのか、なかなか思うように体を動かせないようで。

 「ほら、無理しないの」

 自分の膝に少年の頭を乗せ、楽な体勢になるようした。
 不服なのか、軽く眉間にしわを寄せる。
 でも、大人しく従ってくれるあたり、やっぱり優しい子だよね。
 思わず笑みがもれるほど、今の少年の状態が、微笑ましく思えた。



 「――――ちょうどいい風だね」



 さわさわと、心地いい風が吹く。
 見上げれば、雲一つない、晴々とした空。
 この世界で初めて、こんなに穏やかな時間を過ごした気がする。



 「――――どうして」



 小さく、声が聞こえた。
 何を言ったのかと思い、視線を少年に向けて見ると、

 「どうして――心配するんだ」

 不思議そうに、そんなことを聞かれた。

 「どうしてって、そんなの当たり前だよ?」

 「当たり前……?」

 「そうだよ。誰かが辛そうにしてたら、なんとかしてあげたくなるものなの」

 「……そんな、こと」

 無かった、と今までとは違い、悲しみを含んだ声が聞こえた。
 よく見れば、表情もどこか、悲しいと言ったような感情が出ているように見える。

 「本気で心配する者なんて……いなかった」

 今にも、泣いてしまうんじゃないかと思える声。ようやく本音が聞けたような気がして、私は嬉しくなった。

 「じゃあこれからは、私が心配してあげる」

 そっと、少年の体を包む。一瞬驚いていたけど、今度は振り払われることなく、私の腕の中で大人しくしてくれている。

 「でも、心配ばかりかけないでほしいな。――傷付くのは、見たくないから」

 「なら……見なければいいだろう」

 「そういうことじゃないの。黙ってたら、それはそれで悲しいものなんだよ。それに――ずっと我慢してたら、また、ここが壊れちゃう」

 「……よく、わからない」

 「いいよ、すぐにわからなくても」

 いきなり、全てをわかる必要なんてない。こうして少しでも話して、聞いて。耳を傾けてくれただけでも、嬉しいことだから。

 「お前は……不思議だ」

 「不思議? 普通だと思うけど」

 「もしくは変わってる」

 か、変わってるって。
 さすがにそれは、と苦笑いを浮かべると、少年は微かに口元を緩め、

 「だから……俺もおかしくなる」

 初めて、大きな表情の変化を見た。

 「――――名前」

 「名前がどうしたの?」

 「聞きたくなった。――無いのか?」

 「あるに決まってるじゃない。私はね、美咲って名前――?」

 ぐらっと、目の前が揺れる。
 思わず前のめりになる私に、少年がなにか言ってるように見える。でも、それに答えても声は届かなくて――景色は、そこで消えてしまった。

 ――――――――――…
 ――――――…
 ―――…

 次に目を開けた時、私は以前着たことのある洋館に来ていた。
 地下への扉はもう無くて、どこに行けばいいのかと迷っていたけど、上へと続く階段を見つけ、私はひとまず、上を目指して行くことにした。



 「――、――?」



 声が聞こえる。どの部屋からだろうと探してみると、少しドアが開いた部屋をい付けた。近付くと、声はその部屋から聞こえているようだった。
 そっとノブに手をかけ、そっと中を覗く。

 「――分かった? これが先祖の話。私たちは、罪な種族」

 そこには、二人の人物が向かい合わせに座っていた。
 一人は前に見た女性で、その人の目の前には、さっきまで一緒だった少年がいた。
 ドアを閉めると、私は二人のそばに行き様子をうかがった。
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