久遠の花~blood rose~【完】
「そう言ってもらえると助かる。君はそのまま座ってて構わないから――俺の言葉に、従ってくれ」
すぅっと、深呼吸をする叶夜君。
これからなにが始まるのかと、胸がドキドキと高鳴りだしていく。
「一つ目の誓いを、日向美咲に――我が真名を彼の者に晒(さら)す」
見つめながら発せられる言葉。すごく恥ずかしいのに、驚きの方が勝っていて……ただまっすぐ、私も叶夜君を見つめ続けた。
「我が真名はノヴァ。今この時より、我は彼の者に一つ目の誓いを行う。――許しを、いただけますか?」
……すぐに、返事ができなかった。
青く綺麗な瞳に魅入られたのか。しばらく、動くことができなかった。
「――許しを、頂けますか?」
もう一度、ゆっくり問われる。それにようやく、私は静かに、はい、と返事をした。
「では、誓いの刻印を」
すると叶夜君は、自分の指を口に当て、血を滲ませる。
驚く私をよそに、血で滲んだ指を私の手の甲当て、何か文字のようなものを書いていく。そして書き終えるなり、そっと、唇を落とした。
「っ! あ、あのう。これは――?」
途端、手の甲に書かれていた血文字が淡く光る。目を見開きしばらく見ていれば、静かに、光と共に文字も消えてしまった。
途端、体から徐々に力が抜けていく気がした。
倒れてしまうとわかるのに、体は反応を示してくれない。このまま床に、なんて考えている間にも、体は傾いていく。
「――大丈夫」
支えられる体。優しい声と共に、ふわりと体が持ち上げられた。
「疲れさせてすまない。――ゆっくり、休んでくれ」
背中がやわらかい。周りを見ると、どうやらベッドに運んでくれたらしい。
それから叶夜君は、なぜかとても嬉しそうに、私の頭を撫で始めた。
「……あまり、こういうのは」
恥ずかしい、と小さな声で告げれば、頭を撫でる手が、頬へと移動した。
「っ、……そ、それも」
頭より、恥ずかしいよ。
撫でるわけではなく、ただそっと、触れているだけの手の平。
次第に目蓋が重くなっていき、話すのも億劫(おっくう)になってきた。
「――――必ず」
目蓋を閉じた途端。ふと、顔の前に、気配を感じた。でも、もう一度目蓋を開けれないほど、体から力は抜けていくばかり。
だけど不思議と、嫌な気はしない。
「君を――護ってみせる」
むしろ心地よくて。その感覚に、身を委ねていった。
*****
人里離れた山奥。
上条は木葉に連れられ、長い長い道を進んで行った。周りは高い木々で囲まれ、月灯りが無ければ見えないほどの暗い道を歩いて行けば――突如として、開けた場所に出た。
目の前にあるのは、大きな武家屋敷。そして木で作られた頑丈そうな門の前には、屈強な男性が一人ずつ、左右に立っていた。
「――通せ」
木葉の一言で、門が重い音を立てて開かれる。しばらく進むと、ようやく、屋敷の入口に辿り着いた。
「相変わらず、こういう場所が好みなのですね」
「えぇ。蓮華様は基本、お一人で過ごされたいようですから。――ここが、長の部屋です」
とある一室に着くなり、木葉は床に膝を付いた。
「蓮華様、客人を連れて参りました」
「――――入れ」
小さな返事。
静かに戸を引くと、木葉は軽く頭を下げ、その場から立ち去った。
「――何をしている?」
面倒そうな声。早く入れと言われ、ようやく、上条は部屋へ足を踏み入れた。
「お久しぶりです。まだ体が思わしくないと聞きしましたが……本当、アナタは無理をしますね」
「――お互い様だ」
布団に横になったまま、蓮華は口元を緩める。
「やはり、美咲のそばにいたか。予知は正確だったらしいな」
「私の行動も……全て、お見通しだと?」
「いや。知っているのは限られている。私が封印されること。子が生まれる時期。そして――お前が、いつ現れるか、だな」
ふう、と息をはき、蓮華は体を起こす。
背中を支えようとする上条だったが、構うことはない、と蓮華に言われてしまう。