久遠の花~blood rose~【完】
「お前は心配のし過ぎだ」
「そんなこと。まだ、不安定なのでしょう? 無理はなさらないで下さい」
「無理などしておらん。寝たままの方が悪い」
「全く。昔から変わりませんね。――女性扱いされるのは、慣れませんか?」
「必要ない。この体の何処に、〝女性らしいか弱さ〟がある? ないであろう?」
自虐的に言う蓮華に、上条は深いため息をはいた。
「そういうところも変わりませんか。ある意味、安心感を覚えます」
「ふっ。お前も人のことは言えまい」
和やかな雰囲気。久々に本音を言い合える者と出会えた安心感からか、二人の表情は明るかった。
「お前、人の世では医師をしているらしいな」
「えぇ。元々、そういった知識はありましたから。蓮華さんは、やはり花を?」
「花もだが、茶もしている。だが、家元としているのは面倒だ」
近況を言い合う二人。ひとしきり話が済んだところで、蓮華は一旦、深呼吸をする。そして――。
「お前に――大事な話がある」
真剣な表情で、話を切り出した。
「美咲のことを、お前はどれだけ把握している?」
「命華……それも赤の命華であり、フィオーレだということ。あとカミガキと言うことも。そして今、覚醒をしようとしていること。あとは……」
言葉に詰まり、視線を逸らす桐谷。それを急かすことなく、蓮華はじっと、桐谷が話し出すのを待った。
「……すみません」
「気にするな。他に、何か気付いたか?」
無言になる上条。なかなか踏ん切りがつかないようで、数回深呼吸をした後、
「――――私の子ども、ですよね?」
ゆっくりと、まっすぐ蓮華を見ながら問うた。
しばらく見つめていれば、蓮華はふっと口元を緩め、
「そうだ。だが産んだのは――私だ」
と、あり得ない言葉を、口にした。
その一言に、上条は思考が停止した。蓮華の言葉がすぐに理解出来ず、しばらく間を置いてから、ようやくその意味を理解し始めた。
「ちょ、ちょっと待って下さい。そのようなことなど――!」
あり得ないはずだ、と上条は困惑する。
「落ち着け。話が進まぬであろうが」
「っ、……何故、そのようなこと。てっきり、後の世に飛ばされたとばかり」
「そのつもりだったが、子を飛ばすには、子が生まれていることが前提だ。けれど美咲は、あの時まだ胎児だった。このような場合、母体ごと飛ばすか、〝別に移す〟しかない」
「だから――アナタに移したと?」
「ふっ、適任だろう? 私は、封印されることが決まっていた。別な者に預けるわけにはいかぬし、私ならば、いくら傷付こうとも問題ない。それもこれも、スウェーテの手助けがあってのことだ」
「――なるほど。彼等なら、そのようなことも可能ですね。ですが……よく、決心をしましたね」
「これが適切だと思ったからな。だが、話はここからだ。私に移したことが原因かはわからぬが、異変が起きようとしているのは確実だ」
一層引きしまる口調。
息をのむ上条に、蓮華は本題を告げる。
「美咲は――〝二人いる〟」
再び困惑する思考。
二人いる、というのは、どういうことなのか。自分の子供が二人存在するのかと、上条は頭を悩ませた。
「――まぁ、この表現が適切かはわからぬがな」
蓮華自身不確定かなのか。軽く眉をひそめ、ふぅ、とため息をつく。
「言っておくが、お前の子は一人だぞ?」
未だ悩む上条に、余計なことを考えるなと助言する。
「先程も言ったが、表現が見つからなくてな。許せよ。本来、この世に存在する全ての者に宿る魂は一つ。それはお前も分かっているだろう? 何らかの処置を施していれば別だが……心当たりはあるか?」
その問いかけに、上条は首を振る。
「ならば不自然だな。――大き過ぎるんだ。体に対して、あの魂はあまりにも〝大き過ぎる〟。量というより、質が桁違いだ。このままだと、器である体が耐えられないだろうな」
不吉な言葉。
魂というものをよく知る蓮華が言うのだ。見立てに間違いはないだろうと、上条は重いため息をついた。
「二人いると過程した場合、〝二重人格〟の可能性があると言うことになりまずが……」
そんなことがあり得るのか? と、上条は首を傾げた。
「彼女が十歳の頃からのカルテを診てますが、今までそのような兆候はありませんでした」
「そもそも、この定義が合っているかもわからぬがな。己の心が二つに分かれた、などと言う単純なものではないだろう。あれはあれで厄介だが、どうあっても根本は一つ。どんなに分かれようと、元は一つだからな。もしそうならば、お前が気付かぬわけがあるまい」
「ですが、私も見落とすことはありますので」
「いや、お前ならそんなことはない。私の名を賭けて断言してやろう。まぁ、とにかくだ。美咲の中で、命華以外の変化を感じた。これがどう働くかは分からぬが……注意してほしい」
頷く上条。
言い終え満足したのか。はたまた疲れが溜まったのか。蓮華は再び、布団に横たわった。
「悪いが、話はここまでだ」
静かに目を閉じる蓮華に、上条は苦笑いを浮かべた。
「そのような無防備な姿、いくら親しい間柄とはいえ、男性に晒(さら)すのではありませんよ?」
女性なのですから、と付けたされ、蓮華は眉間にシワを寄せながら目を開ける。
「全く……何を言うかと思えば。分かり切ったことを言うな。お前は私に欲情などしないし、万に一つという事もあり得ない。そういう男だというのをよく知っているからな」
これも断言してやる、と言い反対側を向く。どうやらこれで、本当に話は終わりらしい。
「ふふっ、変わりませんね。――では、体にお気を付けて」
その言葉を最後に、上条は部屋を後にした。
「――――全く」
変わらないのはお互い様だと、久々の会話に、蓮華は口元を緩めていた。