久遠の花~blood rose~【完】
「――立てるか?」
心配そうに聞く少年。それに私は、まだまともに言葉を口にすることができなくて。首を横に振るだけで、一人では立てないことを伝えた。すると少年は、私を抱えたまま歩きだし、体を気遣いながら、そっと、ベンチに座らせてくれた。
「――――あ、あり、がとっ」
ようやく言葉を発したものの、まだうまく話せなくて。お礼の言葉は、なんともたどたどしいものとなってしまった。
「気にしなくていい。それよりも……首は、大丈夫か?」
どうしてそんなことを聞くのかと思えば、首を見せてほしいと、少年は頼んできた。理由が気になるけど、彼なら、変なことはしてこなさそうだし。きっと大丈夫だと、自分でも不思議なほど安心感がわき、胸まである髪を片側に束ね、首筋をあらわにして見せた。
「――っ?!」
「大丈夫。俺は、何もしない」
指先が、そっと首筋に触れる。くすぐったくて身をよじれば、それを逃げようとしていると感じたのか、少年は私の腰に手を当て、ぐいっと密着するように引き寄せられてしまった。
「傷は無い、か。――あいつに、何かされなかったか?」
「だ、大丈夫……です。あ、あのう……さっき、のっ。それにあなたは?」
誰なの、と言葉を紡げば、少年は少し間をおいてから話し始めた。
「――叶夜だ。色々知りたいだろうが…話はあとだ」
急に、少年の雰囲気が変わった。
私の前に立つなり、ただじっと、真っすぐ前だけを見つめていて――それに私も、自然と体が強張った。
「――早かったな」
呆れたような声で、少年――もとい叶夜君は言う。その視線の先にいるのは――。
「そりゃあこっちだって同じことできるからね」
さっきまで一緒にいた、男性だった。
チラッと横から確認すると、その視線に気付いたのか、男性は私を見るなり、
「その子、こっちに頂戴よ」
と、笑顔で指差してきた。
途端、震え始める体。怖くなった私は、ぎゅっと、目の前にいる少年の服を掴んでいた。
「……大丈夫だ」
何が呟いたと思えば、叶夜君の片手がそっと、私の体を包む。
じんわりと伝わる温もり。その温もりが、今の私にはものすごく心強かった。
「お前に関わらせるわけにはいかない。諦めろ」
「そんなルール無いよ? 調べるのは決まりなんだから、いくらアンタでも、逆らえないはずでしょ?」
さっきも言ってたけど……一体、何を調べるの?
不安で手に力を込めていれば、ふと、ある考えが頭を過る。
もしかして……彼も、同じことを?本当は、あの人よりも先に調べるために助けたんじゃないかって――そう思ったら、手から徐々に、力が抜けていった。
「決まりは守る。だが、そっちのやり方は気に入らない」
「気に入らないもなにも、別に違反はしてないだろう? 調べるのは気配の違う茶髪の女。該当者の血を調べること。それには吸血も許可されてる。――ほら、オレはなにも違反してない」
「関係無い者の血を吸ったくせに、よくもそんなことを言えるな」
「仕方ないだろう? こっちにはこっちの事情があるんだから。――アンタにだってわかるだろう? 特に、そこの子の匂いを感じた今なら」
私の……匂い?二人が言ってることなんてわからないけど、それが私を調べる要因なんじゃないかと、頭を過った。
「――残念」
そう言って、叶夜君はふっと笑みをもらす。
「彼女に触れたから、調子がいいんだよ」
次の瞬間、私は少年のぐいっと私を引き寄せた。
胸に顔を押し付けられ、どうしたものかと少しパニックになっていれば、ちょっと我慢なと、やわらかい声で少年はささやいた。
じ、じっとした方がいい……んだよね?
恥ずかしいと思いながらも、今は大人しくするしかないと思い、黙ってその言葉に従うことにした。