久遠の花~blood rose~【完】

「この子はオレが調べる。お前らに渡したら、どうなるか分かったものじゃないからな」

「一方的に悪く言わないでくれる? そっちだって、裏じゃどんなことしてるんだか」

「……別に、否定はしない」

 私を抱く腕に、少し、力が込められる。何かに耐えているのか。チラッと横目で見た少年の顔は、どこか辛そうに見えた。

「とにかく、今はお前と争うつもりはない。――だが、もしお前がその気なら」

 途端、がらりとその場の雰囲気が変わる。肌に突き刺さるような、冷たい感覚が辺りを包んでいき、

「ルールとか関係無しに、相手してやる」

 最後の言葉が、なんとも鋭く言い放たれた。
 私と話していた時とはあまりにも違い過ぎて……その言葉には、とても威圧感があった。

「…………」

「…………」

 しばらく、無言の二人。どれぐらいそうしていたのか。まだ一分も経っていないような、でも随分長いようにも感じられて。呼吸をするたびに、酷く疲れてしまいそうなほど。この場の空気は、重いものになっていた。

「…………」

「……ま、今は引いてやるよ」

 最初に動いたのは――男性。
 忌々(いまいま)しそうに言葉を発したと思えば、それからなにも仕掛けて来ることはなく、その場から立ち去って行った。
 い、いなく、なった……。
 途端、それまで張り詰めていたものが無くなり、思わず安堵のため息がもれた。

「――本当に行ったか。悪いな、いきなり抱いて」

 そう言って、叶夜君はゆっくり、私をベンチに座らせてくれた。

「どうして外に出た。しかもそんな姿で……」

 外に行く格好ではないだろう? と、隣に腰かけるなり、心配そうにたずねた。すぐにでも私にあるなにかを調べられるんじゃないかって警戒したけど、今のところ、危ない雰囲気は感じない。

「ゆっくりでいいから、話してくれないか?」

「…………」

 優しく語りかける叶夜君。本当に心配してくれてるんだと感じた私は、ゆっくり、少しずつ言葉を発していきながら説明した。

「……気が付いたら、公園にいて」

「自分の意思ではないのか?」

「は、はい。声がしたと思ったら、目の前が、真っ白になってしまって……」

「そうなる前に、誰かと会ってないのか?」

「誰にも。――最後に会ったのは、おじいちゃんだけです」

 腑に落ちないのか、少年は小さく首を傾げる。

「魅了じゃない、のか?――体は問題無いか?」

「だ、大丈夫、です」

 話していると、徐々に落ち着いてきたのか――目蓋が、重くなっていく。

「あのう……あなたは、いっ、たい――…」

 目を開けるのが、辛い。
 体も、なんだか段々重くなってしまって……こんな感覚は、初めてかもしれない。

「!? お、おい!」

 声がするのに、それに答えることもできなくて。
 睡魔に誘われるような感覚。その感覚に、私は身を委ねていった。

 ――――――――――――…
 ―――――――…
 ――――…

 気が付くと、そこは病院のベッドだった。看護婦さんの話では、夜中に家で倒れていたらしい。
 家って……倒れたの、外のはずなのに。
 自分の身に起きたことを、ゆっくりと思い出す。なぜか公園に寝巻きのままいて、無理やり見知らぬ男の人に抱き寄せられて……それを、昼間の少年が助けてくれた。それから二人に共通するのが、尋常じゃない速さで走れることで――。意外にも、意識を失う前のことを覚えていた。だけど、これが現実に起こったことなのかって思うと……体験した自分でも、正直疑ってしまう。

「……先生」

 病室から出ようとする先生を呼び止め、私は疑問を口にする。

「薬をずっと飲んでいたら……幻覚って、見ますか?」

 あれが現実でないなら、考えられるのはこれしかない。薬による副作用というのが、一番納得がいくし。それに先生は、しばらく考え込んだあと、ゆっくり口を開いた。

「無いことも無いですが……貴方に処方している物には、そういった原因になる物は無いはずなんですけどね。――何か、気になることでも?」

 そう言われ、私は少し間を置いてから、少年のことを話した。軽々と自分を抱え、時間にして二十分はかかるであろう場所に数秒で行ったこと。そして――自分と同じ、病気だということを。

「それは……貴方の願望みたいなものかもしれませんね」

「私の……願望?」

「自分と同じ人がいたら。みんなより早く走れたらとか。――そういった無意識にあるものが、ストレスをかけている場合はありますよ」

「願望……」

 もう一度、ゆっくり言葉を反復する。今まで考えなかったわけじゃない。どこか割り切れないでいるのもわかってるつもりだったのに……。

「無意識じゃあ、気を付けるのは難しいですね」

 苦笑いを浮かべながら言えば、そんな私に先生は、優しい笑みを見せた。

「無理しないのが一番です。貴方は少々、頑張りすぎる所がありますからね」

「私は別に……ただ、少しでも普通に過ごしたいだけで」

「たまには、手を抜くのも必要です」

 そう言って、ぽんっぽんっと、私の頭に軽く触れる。

「今は何も考えず、ゆっくり休みなさい」

「……そう、ですね」

 それから私は、また意識を手放した。今度は自分の意思で……ただ、眠りに落ちるために。
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