憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛されている件について。
「…沢城。本当に会社辞めるのか?」
「辞めます。私、結城さんから受けているハラスメントに耐えられません」
「……ハラスメント…」
私を背後から抱き締めたままの結城さん。
離す気配も無く、私の背中に頭をくっつけている。
「…経理部部長は、沢城の退職を許可しない」
「はっ?」
「居てくれなきゃ…困る」
「…………」
ば…馬鹿なことを…。
居てくれなきゃ困る?
そんなの…結城さんの言える台詞では無いでしょ。
「…まぁ、命令を確実に実行してくれるお手軽な駒ですから。居なくなると困りますよね」
「なっ……誰もそんなこと言ってないだろ!」
「普段の態度が物語っています」
…そう言いながら、少しだけ痛む下半身を右手で押さえた。
男性と身体を重ねたのは、2年前に別れた彼氏以来。
行為の最中は何も無かったのに。時間差で身体が悲鳴を上げ始めた。
「じゃあ、部署異動の申請を出します。結城さんから離れられたら、それでも良いです」
「駄目だ。許可しない」
「……」
「俺の元に居ろ」
「………」
意味不明すぎる。
驚きすぎて空いた口が塞がらない。
「……私、結城さんのことが課長時代は好きでした。けれど、そんな私が結城さんのことを嫌いになった原因は、紛れもないご自身ですよ。日頃の態度を思い返して下さい。何ですかあれ。私にだけ酷く当たって、残業させて、挙げ句の果て、孕ませたいって。そして退職や異動は認めない? 俺の元に居ろ? 馬鹿にするのも大概にして下さい」
「………」
……って
結城さんの腕に裸で収まっている人の言う台詞では無い。
しかし妙に落ち着く、結城さんの腕の中。
その事実がまた…悔しい。
「……結城さん、嫌い」
「…」
「大嫌い…」
「…」
「…………」
そう呟き続ける最中。
背後で、また徐々に硬くなるものを感じた。
…まさか。
「結城さん、嫌い」
「…」
「憎い…最低…大嫌い…」
「…………ねぇ…沢城、もう1回良い?」
「………」
否定的な言葉を言う度に……。
…もしかして……結城さん……。
…いや、待て…。
これ以上は考えない方が良い。
「………」
しまった…。
気が付かなければ…良かったかも………。