憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛されている件について。
大手建設会社の経理部に所属している私、沢城羽月。27歳。
真面目に、正確に、素早く。
そんな言葉をモットーに、日々仕事をしている。
一方、唐突に有り得ない提案をしてきたこの人。
次期役員候補のエリート上司。
経理部部長、結城修吾。32歳。
若くして部長を任された、社内でも珍しいエリート中のエリート…。
しかも容姿端麗、頭脳明晰。
世の男性たちが欲しがる物を全て持っているのでは…。
誰もがそう思うほどの、完璧人間だ。
「おい、沢城。新規に受注した3現場分の注文請書を今日中に仕上げろ」
「……」
さっきの炊事場での様子は何だったのか。
あれは幻だったのかもしれない。
そう思うくらい、いつも通りな結城さん。
現在時刻、16時45分。
終業まで…あと15分。
『今日中に』 ってことは、残業確定だ。
「沢城、返事が無い」
「……はい」
「やる気ねぇな」
「……」
突然だが、私はこの経理部長、結城さんのことが憎くて大嫌い。
私が結城さんを憎み嫌う理由、1つ目。
いっつも定時間際になると『今日中』の仕事を振ってくるから。
もう少し早く仕事を振ってくれれば良いのに、百発百中…終業前だ。
「あ、有富さん。古賀さん、安達さん。君らは定時に上がって。残業は極力無くさないとな」
「部長......! ありがとうございます!」
私が結城さんを憎み嫌う理由、2つ目。
私以外の女性社員には、気持ち悪いくらい甘くて優しいから。
まるで上司の鏡。
他部署の女性にも優しくて紳士的。
…ふん。流石、”エリート上司”だ。
「井川専務、お願いされておりました書類につきまして、ご用意ができました」
「さすが結城くん…。仕事が早いね、ありがとう」
「お安い御用です」
「……」
私が結城さんを憎み嫌う理由、3つ目。
私が処理した業務を全て、結城さん自身の成果にするから。
因みに私以外の人は、それぞれ各人の成果となる。
言わば、横取りだ。
「……」
挙げればキリがない。
無限に湧き出る、結城さんへの不平不満。
大嫌いだよ……結城さん……。
私が何かしたわけでもないのに。
これは明らかに差別であり、ハラスメントだ。
経理の仕事は好きなのに、それでも仕事辞めたいと思うくらいには、結城さんのことが嫌いだった。
だから、全く分からない。
炊事場で私に言った言葉の意味が、本当に本当に…全く意味が分からない。