憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛されている件について。
謝罪と誠意と本気と
数本のヤシの木がザワザワと音を立てる、誰もいない静かな浜辺。
カフェなどの飲食店ではあまり話せない内容と言うこともあり、この場所を選んだ。
月の灯りが反射する暗い海。
そんな風景をただ呆然と眺めていた。
「沢城、すまん。待たせた」
「いいえ」
私が座っているベンチに小走りで駆け寄って来る。
結城さんは着ていた背広を脱ぎ、そっと私の肩にかけて隣に腰を掛けた。
風になびく…結城さんのネクタイ。
思わず、目を奪われてしまう。
「…夜風は、身に沁みる」
「……お気遣いなく」
素っ気なく返事をしながら、肩に掛けられた大きな背広をギュッと握った。
仄かな温かさと、結城さんの香りに包まれ…複雑な気持ちが募る。
会社とはまた違う、新鮮な空気感。
夜の海に2人という状況が…いつもとは違う感覚を呼び起こさせた。
「…結城さん、お時間頂きありがとうございます」
「いや、俺こそ…。ありがとう、時間をくれて…」
「………」
自分から誘ったのに。
気まずくて、逃げ出したくて…どうしようもない。
「……で、沢城。本当に、養育費の話…?」
「…………」
そっと肩を抱かれ、結城さんの胸に寄せられる。
抵抗せずに大人しくしていると、結城さんは安心したかのように、小さく息を吐いた。
「…養育費の話です。…って言いたいところですが、今日はラストチャンスだと思って呼び出しました」
「ラストチャンス…?」
「はい...。これからの結城さんの言葉によっては考えます。結婚…」
「……」
「だから見せて下さいよ。結城さんの謝罪と、誠意と、本気をっ!!!」
「…………っ」
結城さんの顔を覗き込みながらそう叫ぶ。
唇を噛み、震えて瞳を潤ませている姿が嫌で…思わず視線を逸らした。
「…沢城」
「……」
結城さんは私の肩を抱いていた手を離し、膝の上で拳を作る…。
そして姿勢を正して、私の方を向いた。
「まずは、俺が沢城に嫌われたいが為に、沢城を傷付けるようなことをしてしまい…申し訳ありませんでした」
「……」
「同意を貰ったとはいえ、付き合っても無いのに抱いて中に出したこと、反省しております…」
「……」
ポケットからハンカチを取り出し、止め処なく溢れ出る結城さんの涙を軽く拭う。
それに驚いた結城さんは、更に泣き出した。
「…俺、本当にずっと好きだった。いつも助けてくれて、他愛のない話をして、心がいつも救われていたんだ」
「そ…そんなの、私だって…! いつも結城さんに助けられて、力を貰って…楽しく仕事をすることができていたのです。結城さんのこと…好きだったのに…」
「ごめん、本当にごめん。俺、好きになればなるほど、嫌われたくなる…」
「だから…それが意味不明です。本気で…意味分かんない…」
結城さんが課長だった頃の記憶と、部長になってからの酷い仕打ちをされた記憶。
そのどちらもが蘇り、私も自然と涙が零れる。
大好きだった結城さんは、憎くて大嫌いな結城さんになり…
今はまた、感情が変わりつつある。