憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛されている件について。


定時を過ぎて3時間後。
私はまだ、残業をしていた。

オフィスには私と結城さんの2人。

仕事をしている様子の見られない結城さん。
さっさと帰ればいいのになんて、頭の片隅で思う。


「…なぁ、沢城。俺の子を孕んでみないか」
「……」


また出た。
どうやらさっきで終わりというわけでは無かったようだ。

馬鹿にするのも大概にして欲しい。
日常的なパワハラに加え、これは…何ハラなのか?


…良く分からないけれど。


許されない。
許さない。


付き合ってもいない女の部下に突然『孕め』だなんて、労働基準監督署に報告でもしたら勝てるんじゃないかな。


エリート上司の不適切な発言、社内で広まれば…大問題になるに違いない…。


「結城さん、本気で訴えますよ。貴方も私のことが嫌いでしょう。何ですか『孕め』って。“何を”したら『孕む』のか、結城さんはご存じ? まさか鳥が運んでくるとか思っているのですか。……馬鹿にするのも大概にして下さい」

無言のまま、私の顔を見つめられる。
その真っ直ぐな眼差しに堪えられなくて、思わず私は視線を逸らした。

すると、結城さんも何故か視線を逸らして頭を掻き始める。
その様子がまた意味分からなくて、少しだけ頭が痛んだ。


「…沢城」
「……」
「一度、試してみないか」
「……」
「ただただ辛く、苦しいだけなら…その一度だけで止める」
「……」
「だから…人生で一度くらい、憎くて嫌いな男に抱かれてみろよ」
「……」


本当に言っている意味が分からなくて、その言葉を理解するまでにかなりの時間を要した。



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