憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛されている件について。
予定通り会社を退職した私は、荷物をまとめて実家に戻った。
優しく迎え入れてくれる両親に感謝をしながら…大きくなったお腹をそっと撫でる。
「結局だね、羽月。結婚するなんて」
「うん、まぁ…そうね」
「結城羽月になったんだよな。なーんか、父さん複雑だなぁ」
「へ…へへ…」
結城さんと入籍したものの、すぐに同棲とは行かず…。
取り敢えず産前産後は実家で過ごすことにした。
週末になれば結城さんもこっちに来るということで、お互い納得の上だ。
「羽月、荷物はここでいいか?」
「あ、はい。ありがとうございます。結城さん」
実は今日は…結城さんも来ている。
私の荷物運び担当。
「羽月、結城さんって呼ぶのは止めなさい。結婚したんだから」
「……考えておきます」
「何それ」
ペチンッとおでこを突かれ、思わず笑いが漏れる。
それを見ていた両親が気持ち悪いくらいニコニコとしながら、声を上げた。
「羽月…。一時はどうなるかと思ったが、結城くん良い人だな。しかも若くして部長なんて。凄いじゃないか」
「………へ、へへ」
あの性癖さえなければ、凄いんだけどね。
なんて。
そんなこと、両親には言えない。
「…ふふっ」
「どうした?」
「結城さんの性癖のこと、危うく口走りそうになりました」
「……勘弁して下さい」
今までの自分の言動を取り消そうとしているかのような、甘くて優しい結城さん。
そんな彼の腕を引っ張って顔を引き寄せて、そっと頬にキスをした。
突然の行動に驚いた結城さんは、反射で身体を震わし、私の顔をジッと見つめる。
「羽月…どうした」
「…いいえ、何でもありません」
「……」
頬を紅く染め、立ち尽くしている結城さん。
そんな彼を横目に、私は実家の自分の部屋へと入った。
ふと、鏡を見ると
結城さんと同じように、頬が紅くなっている自分の顔が映る。
それが何だかまた恥ずかしくて、少しだけ体が震えた。
「………はぁ」
大きくなっているお腹に手を当てると、動いているのが分かる。
実は、私と結城さんが触れ合う度に、より一層強くお腹を蹴ってくるのだ。
「…ごめんね。ママの都合で、パパのこといらないって言って、ママ1人で君を育てようとして」
優しく撫でると、また蹴りが強くなった。
「………ふふっ」
結城さんのこと、100%好きになったかと言うと、そんなことはない。
憎いは無くなったけれど、大嫌いに関しては、『大』が取れたくらいかな。
けれど、本当に人が変わったように感じる結城さん。
結城さんが惜しみなく注いでくれる深い愛に、溺れそうな感覚を覚えるほどだ。
だから…また、いつか。
結城さんが課長だった頃に抱いていた、淡い恋愛感情の続きを…描く日を夢見て——……。
「……いてっ」
更に強い我が子の蹴りに、意識は現実へと戻される。
痛みが過ぎた後、笑いが零れた。
出産予定日まで、あと少し。
私たちが結婚したことを喜んでいるかのような我が子の動きに…。
思わず、頬が緩んだ…。
憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛され始めた件について。 終