憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛されている件について。
定時前に振られた急な仕事は、当然すぐには終わらない。
今日も定時を過ぎて3時間が経った。
オフィスにはまた私と結城さんの2人。
結城さんは自分のデスクで、書類と睨めっこをしていた。
「……」
終わらない。
終わりが見えない。
昔は居心地の良かった結城さんと2人の空間。
今はただただ不快で、一刻も早くここから去りたくてどうしようもない。
「……沢城」
「……」
突然呼ばれた名前。
こちらを見ている結城さんの視線に気付いていないフリをして、目の前の仕事に没頭している…フリをする。
「………」
結城さんは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き始めた。
向かう先は…どうやら私の方らしい。
ゆっくりと移動してきた結城さんは私の隣のデスクに座る。
そしてデスクに肘をついて、ジッと私の顔を眺め始めた。
「……」
そんな結城さんの様子に…耐えられなくて。
私はつい言葉を発してしまった。
「…何ですか、顔に何か付いていますか」
「……」
それでも動かず、私の顔を見つめたまま。
しかも、真顔。
「……何ですか、本当に。しかも無視ですか」
「お前さ、無視って言うけど。俺の呼び掛けに無視をしたのはお前の方だろう」
「…知りません。集中していて気が付かなかったです」
一度も結城さんの顔を見ずに会話をする。
それにしても…目の前の仕事に集中が出来ない。
横に居る結城さん。
簡単に言えば、邪魔…。
「気が散ります。私、今日中のこの仕事を片付けてさっさと帰りたいんです」
「……そんなつれない事言うなよ」
「…え?」
急に立ち上がり、私の顎に手を添えた結城さんは、また勢いよくキスをした。
勢いあまってぶつかる歯。
それでも、キスを止めない。
また始まった。
そんな気持ちと共に、嫌悪感が増してくる。
憎い、嫌い、大嫌い。
不快過ぎて涙が滲んでくる。
「……結城さんっ!! いい加減にして下さい!!」
少しだけ口が離れた隙に、無理やり顔を背けて叫んでみた。
何も考えずに溢れて出てきた言葉。
だけどそれすらも結城さんには届かなくて、またすぐに口を塞がれた。
唇を甘噛みされたかと思えば今度は舌を絡められ、私たちしかいないオフィスに水音が響き渡る。
憎くて嫌いな人にされるキス。
不快で気持ち悪くてどうしようも無いのに、やっぱり徐々にやってくる気持ち良さ。
そんな自分の感情にまた嫌悪感を抱き、苦しくて遣り切れない。