憎き上司の子を懐妊したのち、引くほど溺愛されている件について。
「沢城、取り敢えず一度で良いから」
「………」
「沢城…」
「…今の結城さん。必死すぎて痛いし、意味不明です」
そう言いながら溜息が出る。
変わらず真剣な眼差しの結城さん。
…何を言っても、諦めてくれなさそう。
何だかそう思うと…笑えてきた。
「…ふふ」
「何だよ」
「…いや、もうどうでも良いや、と思いまして。一緒に仕事させて頂いて、上司のことを一生懸命に支えようと頑張って来たのに…。役職が上がるとそのことすら忘れて、私にだけ酷い仕打ちをして。……私、何かしましたかね。私にだけ酷く当たって、仕事押し付けて、挙句の果てには『孕ませたい』『抱かせろ』ってキスまでして…」
言葉を発しながら…涙が溢れてきた。
良い思い出も、悪い出来事も。
全てが心の奥から溢れ出てくる。
「私、会社辞めます。もう、結城さんの存在に耐えられません」
「…えっ」
「ただ…憎くて大嫌いな結城さん。会社を辞めさせて頂く代わりに、一度だけ好きに抱いても良いですよ。…甘んじて受け入れますが、大丈夫。これは、同意の上です」
「………」
なんて…強がりながら。
憎くて嫌いだと思う心と、期待してまだ濡れ続けている下着の中。
言葉では言い表せないくらい渦巻いた様々な感情。
あと、本当は…仕事が好きだから辞めたくないこと…。
もうどうしようもなくて。
自分でも自分のことが分からなくて。
震える身体を抑えることができない。
「………」
「……」
結城さんは、私の上に乗ったまま固まっていた。
無言で私の顔を見つめ続け、そのうち涙が零れ落ちてくる。
表情は1つも変わらないまま…呆然と。
ただただ、溢れるように涙が零れ落ちていた。
「…結城さん、意味が分かりません」
「……」
「この状況、泣いて良いのは私だけです」
「……」
何も言わない結城さん。
ほんの少しだけ唇を噛んで…また私にキスをした。
「沢城…、ホテル行こう」
「……」
差し伸べられた手を握り返し、硬い床から背中を離す。
乱れた髪を手櫛で直してゆっくり立ち上がると、まだ涙を零している結城さんが視界に入った。
本気で意味が分からない。
全て結城さん自身が引き起こしたことなのに。
…泣いていいのは、私だけだよ。
結城さんに傷付けられて悲しんだ日々。
私のことなんて、何も考えてくれていない。