淑女の笑みは三度まで~腐りきった貴族の皆様に最高の結末を~

プロローグ

「土下座をして私に詫(わ)びろ!」
 夜会の会場となっていた王宮の広間に男の声が響き渡る。
 多くの年若い令嬢達によって賑(にぎ)わっていたその場所は、叫び声と同時に一気に静まり返った。
「言葉の意味が理解できなかったか? 地に伏せ、床に頭をつけて、今この場で土下座をして私に詫びろと、そう言ったのだ!」
 深紅のドレスを纏(まと)った貴族令嬢は、男の声が自分に向けられているのだと気がつくと、ゆっくりと伏せていた顔を上げる。
 彼女の視線の先にはくすんだ茶髪に鶯(うぐいす)色の瞳を持ち、王族が纏う豪(ごう)奢(しゃ)な白の燕(えん)尾(び)服(ふく)を纏った男――カーディス王国の第一王子クザン・カーディスが、端正な顔立ちを不快げに歪(ゆが)めて立っていた。
「私が、ですか?」
「貴様以外に誰がいる? アルダンテ・エクリュール!」
 周囲で何事かと様子をうかがっていた令嬢達は、クザンの口から発せられた深紅のドレスの令嬢――アルダンテ・エクリュールの名前を聞くと、ヒソヒソと小声で話し始める。
「あれが〝悪役令嬢〟アルダンテ?」
「なに、あの血のように真っ赤なドレスは。華やかな王宮での晩(ばん)餐(さん)会(かい)にまったくそぐわない禍々しい装いね」
「噂(うわさ)では歌劇の悪役が舞台から飛び出してきたかのような容姿をしているとは聞いていたけれど……」
「正にその通りね。赤紫の髪色といい、人を見下したような表情といい、見るからに性悪そうな見た目をしているもの」
「あの女、確か以前になにか騒ぎを起こして社交界から追放されたと聞いていたけれど……なぜクザン様主催のこの夜会に紛れ込んでいるのかしら」
 口々に語られる明らかな悪意を孕(はら)んだ自分の風聞。
 それらを聞いても、アルダンテは怒るどころか顔色ひとつ変えなかった。
 彼女にとって、自分の悪い噂を耳にするのは日常茶飯事だったから。
「恐れながらクザン様に申し上げます」
 胸元から扇子を取り出したアルダンテは、口元を隠すようにパン!と大きく広げた。
 その不敵にも取られる態度に、周囲の令嬢達が驚きの表情で目を見開く。
 当然、目の前にいたクザンが怒りに顔を歪めたのは言うまでもない。
 だが当のアルダンテはまるで気にした様子もなく――。
「なぜ私が初対面の貴方(あなた)に対して、粗相をしたわけでもないのに謝罪をしなければなりませんの? 意味が分かりませんわ。というわけで――」
 扇子で隠れた口元をニィと笑みの形に歪めて、悪女のような表情で言った。
「――答えは〝否〟ですわ。誰が貴方に謝罪などするものですか」
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