全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい
「徹と僕は同じ小学校に通っていたんです」

 宮田さんのことは、西条さんと宮田さんのご家族が仲が良いのもあったけど、その縁でずっと一緒にいるということしか知らない。

「いつか渡辺さんに話す時があったら、僕か徹が伝えるつもりだったんだ。今、その時だと思って話すよ」

 宮田さんはいつも私のことを同僚として気にかけてくれていた。
 それはきっと、西条さんが私のことを大切にしているからだ。友人であり上司の西条さんの大切なものを大切にする。そういう宮田さんの姿勢は同年代なのに立派だなと思う。尊敬する。

「あの頃の徹は、次期社長候補として教育されていたこともあって自由がなかった。誰からも愛されているけれど、それは次期社長である自分に媚びを売っているのだと思ってしまって捻くれていたんです。僕はそんな彼を大変そうだなと思いながら、友人として接していました」

 それから宮田さんはいろいろ包み隠さず可能な範囲で教えてくれた。

「全盲になったのは小学3年生の時。体育の授業でサッカーボールが至近距離で目に直撃して……事故として和解しましたが。不幸にもそれが原因で全盲となりました。怪我を負ってすぐに治療は行われたけど、網膜がうまくくっつかなくて、徹はだんだんと光を失ったんです。成功率が高い手術とはいえ、絶対なんてものはないというのが医療ですからね」
「そんなことが……」
「それからというものの、徹は塞ぎこんでしまったんだ。僕はそんな徹を傍で見守るしかなかったんです。でも、いてもたってもいられなくなって、視覚障害を持つ人をサポートするためにいろんな本を読んで勉強し始めました。そういう面では、渡辺さんも同じような気持ちだったんじゃないかなと」
「私は……」

 最初は仕事のためだった。でも、たしかに宮田さんの言う通り勉強をして西条さんを支えたいと思うようになっていた。やりがいもあったけど、何より、心から惹かれる西条さんの傍で、西条さんが描く未来を見てみたいと思ってしまったんだ。
 障害があっても自分のしたいこと、できることを全力でやり通す。世の中の同じような障害を持つ、つらさを感じる人々に希望を与える光のような存在。
 私は西条さんに惹かれていたんだ。恋愛対象としても、人としても。

「視覚障害があってもやりたいことをやれる。白杖と点字をはじめとした、視覚障害者をサポートするあらゆるモノや団体などに助けられて、だんだん前向きになっていって。一時期、気分の落ち込みがひどくて自殺を考えるほど追い込まれていたんですけれどもね。本当に心の底から、良かった、と思いました」

 西条さんにそんな過去があったとは思いもしなかった。
 
「沢城お嬢様は、徹が生まれた時からほぼ結婚することが決まっていた、いわゆる許嫁のようなものだったんです。両家の社長、つまりお父様方が決めていたようなもので。おふたりが生まれてから財閥とホールディングスの結びつきはより確かなものとなりました──」

 宮田さんの話を自分なりに整理すると、沢城さんは西条さんと結婚することが自分の使命なのだと思っているのだろうかと。
 それなら、西城さんが次期社長として成功して、ゆくゆくは社長となることはもちろん、結婚することにこだわるのも理解できる。
 自由恋愛の時代に、こんな縛りがあるなんて……と思うけれど、住む世界が違えば、結婚への扱いも違う。それは沢城さんの様子からもわかる。

「徹は渡辺さんと創界社で会ってから、毎日が楽しそうで。僕としても嬉しいんです。だから、契約期間が終わったら、お仕事に戻られるかとは思います。それでも……徹のためにもどうか関係は終わらせないでほしいとも思うんです」
「それは……私にはどうもできません……だって、そうでしょう? 私は一般市民で平凡な会社員。職務を終えたらそれで終了です」

 私は自分の思いに蓋をして、望ましい未来のために身を退く決意をしようとする。
 好きなのに。私は彼のことが好きだ。
 過去を聞いて、彼をもっと知って、私はもっと彼の傍にいたいと改めて思った。だけどそれは叶わない。それは私がいちばん理解している。
 実家を人質に取られているのもだけど、何より、西条さんだけではなく、西条ホールディングスの未来にも関わってくるのだから。
 庶民の私がそれを乱すことなんて許されない。

「そうですか……僕も徹も、渡辺さんと仕事をしていて楽しいと思っています。それだけはどうかおわかりいただきたい。本心で、あなたには残ってほしいと思っているんですよ」

 宮田さんは優しい声で私にそう言ってくれた。
 もう、その言葉だけで十分。これ以上あの人と一緒にいたら、その分離れがたくなってしまう。
 そろそろ夢から覚めなくては。私は私が考える最善の未来のために歩まなくてはいけない。

「ありがとうございます。宮田さん」

 そう思いながら、誰にもバレないように笑ってみせた。
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