全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい

第7話 幸せな日常

 初めて肌を重ねたあの夜から、私は徹さんから愛されているのだと自信を持てるようになった。
 行動だけでなく、紡がれた言葉ひとつひとつが私の胸に響いて、今でも残っている。
 私は胸を張って、この人の隣に立てている。契約バディとしても、恋人としても。

 自信を持って、私はスーツを着て、徹さんに肩を差し出す。
 
「さて、今日もよろしく」
「はいっ!」

 今日の仕事現場へと車で向かって行く。
 今までよりも、もっと世界が輝いて見える。道路状況を確認した後、車の中で今日の打ち合わせについておさらいしておく。

「今日は一段と元気そうだな」
「そうですね。まあ、ふふっ」
「何かあったのか?」
「いえ。沢城さんと仲良くなれそうだなと」
「へぇ……あの優子がねぇ」
「なんでそんなこと言うんですか? いい人じゃないですか、沢城さん」
「あの高飛車わがままお嬢様のどこがいい人なのやら。俺にはわからないな」

 なんというか、徹さんと沢城さんが仲良しな理由がわかった気がした。
 
 契約期間を終える前に徹さんの前から立ち去ると電話で私が伝えた翌日、沢城さんは私にメールで連絡をくれた。
 徹さんとの契約を続行しなさい、と。私はその言葉を沢城さんからもらえたことで一安心した。
 口約束ではなく、日を改めて正式に文章として記録に残る形でそう言ってもらえるのは誠意を感じる。沢城さんはとことん真面目で芯があって、こんなちっぽけな私にも対等な関係であろうとしてくれているのだと思う。

 そして、契約期間が終了したら、個人的にお会いしたいというお誘いがあった。沢城さんはどうやら本当に私のことを嫌っているわけではないらしい。あくまでも沢城家の娘としての使命を果たすために、これまで私の存在を邪魔に思っていただけなのだろう。そうでなければ、わざわざ個人的に会おうなんてしないはずだ。
 それに加えて、沢城さんは私に興味を持ってくれているようで、徹さんが惹かれる女性と話してみたいお友達になりたい、と説明を加えていた。
 あのふたりには、恋仲とはまた違う絆があるのだろう。それは、性別なんて関係ないもの。そういう関係性もあるのだなと学ばされる。

「優子は友達がいないからな。仲良くしてやってくれ」
「はい。でも、私、綺麗なお洋服持っていないくて……スーツくらいしか……」
「気にしなくていい。今日の打ち合わせが終わったらブティックに寄ろう。うちの系列店のものでいいなら、君に合うものを揃えよう」
「えっ、そんな悪いですって」
「西条ホールディングスがどういう商品を扱っているのか見ておくといい。それに、君に似合うなと思ってチェックしていたものもあるし……」

 徹さんは照れたように窓の方を向きながらそう言う。こっちまで恥ずかしくなってしまう。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えさせていただきます……」
「うん。それでいい。今から楽しみだ。これで今日の打ち合わせも頑張れそうだ」
「それは良かったです。この企画は私にとっても大事なものですからね!」
「そうだな」
 
 今日は創界社での打ち合わせだ。
 多忙な中、徹さんは毎日少しずつ執筆していた。提示されていた締切に余裕を持って完成した原稿を提出して、修正をかけた。その原稿も完成し、ブックカバーや装丁デザイン、宣伝についてなど細かい部分の話し合いをする日。
 今日は創界社の社員としてでもあるし、徹さんのバディとしてでもある不思議な感覚での仕事になる。

「到着いたしました」

 車は創界社のビル前に到着した。
 私はいつものように徹さんより先に降りる。それから徹さん側のドアを開けて彼が車から降りたのを確認し、定位置につく。

「よろしく頼む。渡辺」
「はいっ!」

 ビジネスに戻れば「西条さん」と「渡辺」に戻る。
 それが私たち。

 ビルに入ると、少しだけ暖色の照明が懐かしい。久しぶりにここの空気を吸った。ビルの匂い。西条ホールディングスとは違う匂い。どういう違いがあるのか説明は難しいけれど、雰囲気が違う。そして、今見える景色はより鮮やかに見える。

 受付のスタッフに声をかけ、しばらく待っていると、部長が出迎えてた。

「本日はご足労いただきありがとうございます。今日は第1会議室で行います。それではご案内いたします」

 私は部長について行きながら、どれくらい歩いたら右に曲がるだとか、エレベーターに乗ること、何階に行くのかなどを伝える。
 その様子を見て、部長は私に声をかけてくる。

「渡辺……お前、すごいな。すっかり慣れたようで」
「ありがとうございます。部長のおかげですね」
「渡辺ぇ……!」

 会議室に入ると、既に関係者が揃っていた。
 軽く挨拶をして席につくと、部長が打ち合わせの進行を始める。

「それでは打ち合わせを始めます。まずはスタッフの紹介からですが、──」

 装丁デザイン案や広告、部数、販売価格など様々な情報をまとめられた資料をもらい、ひとつひとつ確認していく。文字や数字などはアイカメラを通して知ることができるが、イラストや写真などはどうしても言葉で表現した方が伝わりやすいため、少しだけ時間がかかる。それでも、スタッフたちはゆとりのある環境作りを心がけており、急かすようなことは絶対にしない。
 そうした、ちょっとした心遣いが、視覚障害者のみならず、子どもや高齢者も含めた人々が安心できる世の中に近づくのだと感じる。

 西条さんもこれまでとは違った自然な笑みを浮かべているし、自分の意思を主張しながらも、他スタッフにも寄り添った意見を出している。これまでと大きな違いはないけれど、少しだけ崩したような柔らかい雰囲気になった気がする。
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