全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい
***

「それでは、引き続きよろしくお願いいたします。これで打ち合わせは終了いたします。本日はありがとうございました」

 打ち合わせは無事に終了し、こちらは発売を待つだけの状態となった。
 ビルから出ると車がちょうどビル前の待機場所に停まっていて、そのままブティックに向かうこととなった。

「楽しみですね。エッセイの発売」
「そうだな。デザインも君と一緒に考えられて良かった」
「いえいえ。これも仕事ですから」

 表紙のデザインは徹さんの横顔を撮りモノクロ加工したものでシンプルなもの。綺麗なフェイスラインが印象的な横顔にうっとりしてしまいそうになる。
 後から音声版の販売も行われる予定で、担当は有名な若手声優を男女1名ずつ起用することが決まった。若手ではあるけれど有名なアニメに何作も出ている声優さんで、声優さん方のファンの方をターゲットにしている。もちろん、文字が読めない人も読めるようにという意図もある。

「エッセイを書いていく中で、俺とは何かを考えるきっかけになったし、俺がなすべきことが何かも考えられた。ありがとう」

 徹さんは眼鏡を外して目を閉じてシートに寄りかかる。

「少しお休みになってください。執筆もスキマ時間とか休日を使っていましたし……」
「そうだな。すまない。ブティックについたら起こしてくれ……」
「はい。そうしてください。おやすみなさい」

 徹さんは目を閉じて腕を組んだ。
 長い睫毛が伏せられて美しい。七三分けのオールバックにした前髪が少しだけ垂れて色気を感じる。

(本当にかっこいい人だ……)

 私がこんな素敵な人と一緒にいてもいいのか、不釣り合いではないのかと思うことが今でもある。
 でもそれはネガティブな意味ではなくて、幸せすぎる今を受け入れているからこそ思うものだ。

 静かな車内で共に過ごす時間も、あの部屋で過ごす時間も、徹さんの目として共に歩む時間も。
 何もかもが大切で幸せなかけがえのない時間なのだ。


 
 ブティックに到着すると、徹さんんが来ることを事前に把握しているからか、店員さんたちが総出で挨拶をする。店長と思われる女性に一声かけると、奥の方から新作だというワンピースを出してくれた。

 早速、スーツからそのワンピースに着替えてみると、本当に私にぴったりのデザインだった。
 ブラウンのミドル丈のワンピースで、ショート丈のジャケットがセットになっている。ウエストにはベルトがあって、きゅっと締まる印象になる。そのワンピースに合わせた黒のブーツもシンプルだけど秋冬コーデとしてぴったりだし、上品なイメージに見せてくれる。
 そして何より、私の好みもしっかり把握した上でのセレクトだったから驚いた。

「素敵です。私の好みにもぴったりで。ありがとうございます」

 徹さんが私という人をどういう風に想像しているのかはわからない。だけど、店員さんからこの服のイメージを聞いて、想像している私とこのワンピースが『似合う』と思って選んでくれたのだろう。その過程があったのだと思うと、とても嬉しい。

「気に入ってもらえたようで良かった。これは俺からのプレゼントだから、ぜひこれを着て優子と会って自慢してくれ。俺からもらったものだってな」
「ふふふ、わかりました。いっぱい自慢しますね」

 私はこの服以外にも、普段ちょっとしたおでかけの時に着てみたい服はないのかと言われ、気になったものを何着かいただいた。こんなにたくさん高級店のお洋服を着たことがない私は値札を見ると息をのんでしまう。
 徹さんは気にしなくていいと言うけれど、やっぱり気になってしまう。

 明日も仕事だから今日はそろそろ帰ろうということで、私たちは1時間かからないうちにブティックを後にした。

「今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」
「俺も楽しかった。デート、今度また行こう。次は輝が行きたい場所に」
「……デート……! はいっ、行きましょう」

 デートという表現に恥ずかしさがあったが、これは間違いなくデートだっただろう。一般人には想像のつかないセレブのデートだったけど……

 後日、西条さんからもらったワンピースを着て、沢城さんとお茶会をした。
 沢城さんとは何もかも違う世界の人で話題が合わないかと思っていたけれど、お仕事の話や美容の話、私と徹さんの恋愛話で盛り上がった。

 徹さんを通して、仕事も友人関係も、恋愛も。すべてが新しいことばかりでこれまでの生活よりももっと楽しくなった。幸せな日常を過ごしていると感じる。
 いつまでもこの幸せが続きますように、と、お月様にそっとお願いをした。
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