全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい
第8話 全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい
***
季節は巡り、私の契約期間は無事終了して1ヶ月が経過した。
創界社に戻ってからは、また営業職として外回りの日々。
徹さんの秘書で適任の者がまだ見つからず、私がいた席は空いたままらしい。このまま私が正式に西条ホールディングスの特別広報部の秘書として働くことも宮田さんにも勧められたけれど、やっぱり私はここに戻りたかった。
それは、徹さんたちと働きたくないというわけではなく、私が私であるために、私がするべきことはここにあると思ったから。
「エッセイ本の発売、それとご結婚も! おめでとうございます! いやぁ、まさか渡辺さんがあの御曹司と結婚するとは思いもしませんでしたよ」
「ありがとう。それは私もだよ。あの時の私に言ったら、びっくりするだろうね」
エッセイは順調に進行して、発売日は予定通りである3月下旬に発売することができた。
それと同時に私と徹さんが結婚することも決まっていて、入籍日はエッセイ本の発売日と合わせた。私たちの記念すべき日だからということで、私が提案したのだ。両家挨拶などはすでに済ませていて、入籍日はどうしても発売日に揃えたいこだわりがあったから。
そのため、午前中に遅刻という形で午前中のうちに役所の方に婚姻届を提出してきたばかりである。
「結婚式、いつするんですか?」
「一応、予定だと10月かな」
「いいなぁウエディングドレス。写真見せてくださいね」
「うん、ありがとうね。私も楽しみにしているの」
内田ちゃんをはじめとして、営業部で仲のいい同僚には個別でお祝いメッセージをもらった。
結婚式は盛大に行うよりも、近親者のみで行う方向性で決まっていて、それは同僚にも説明済だ。
これまでは西条家の権威を示すためにも会社の重役たちや職場の同僚などを呼んで大規模な挙式であったそうだ。しかしそれは、令和の時代に沿った結婚式ではないかもしれないということで西条家も納得した上で、徹さんの代からは家族と新郎新婦が招待したいごく少人数の友人だけとなった。
「これからもどうぞよろしくお願いします」
今日はエッセイ本『暗闇から光を求めて』の発売日ということで徹さんが創界社に挨拶に来ている。
それを遠巻きに見ていた他部署の女性社員たちはざわついていて、どうして相手が私なのかと言っているのだと思う。もしくは、今までの黒い噂しか知らないから、結婚するということが信じられないか。理由はいくつも予想はできる。
「イベントでもよろしくお願いしますね」
「はい。こちらもいろいろアイディアを出しておきますので、また改めてよろしくお願いします」
エッセイ本の発売記念イベントが来月行われることも決まっていて、もともと10万人程度であった西条さんのSNSのフォロワー数もかなり増えた。発売に合わせてテレビやラジオ番組、生配信などでの出演も増やしていたからだろう。
徹さんは手土産にと鏡華庵の生クリーム大福を私たち営業部と、出版に携わってくれたスタッフの人数分用意してくれていたようで、一緒についてきていた宮田さんが箱を部長に渡す。
「ありがとうございます。わざわざ部署全員分まで……」
「いえいえ。大変お世話になりましたから」
部長は徹さんと宮田さんにお辞儀をして、大福を受け取る。
一度食べてみたら美味しくてやみつきになる鏡華庵の生クリーム大福。そして、思い出のある和菓子。
徹さんに促されて、部署のみんなに1つずつ配られて、いただく。なかなか食べられない店の和菓子を食べられて、みんな嬉しそうにしていた。控えめな甘さで軽い生クリームは、緑茶と一緒に食べたら美味しいと思い、私は緑茶と一緒に食べていた。
「それではそろそろお暇します」
「わかりました。外までお送りしますね。渡辺~!」
「あ、はいっ!」
部長は私を呼ぶ。呼ばれたので急いで緑茶を飲んでウエットティッシュで手を拭く。
「おふたりを外までお送りしてこい」
「はい」
徹さんと宮田さんは私の方を見て、小さくお辞儀をしてきた。
その光景が、なんだか愛らしくて。笑ってしまいそうになる。
「何ですか急に」
「いやぁ、お願いしますっていう思いを込めて」
「ふふ、そうですか。肩、どうぞ」
徹さんは基本的に私の助けがなくともひとりで歩くことはできる。それでも、慣れない場所や不安のある場所、外なんかではサポートが必要になる。でも、こうしたものには個人差があって、視覚障害者だから一律にこういうサポートをしろ、というものでもない。障害とか病気とか、そういう括りで見るのではなく、あくまで「その人」を見ることが大切だということを、徹さんを通して学ばせてもらったのだ。
彼と関わらなければ知らなかった世界。彼のおかげで私の世界は広がった。
私が徹さんの手の甲をトントン、と私の手の甲で叩くと私の肩に手を置く。いつものこの大きくてごつごつとしたあたたかな手が私の肩に置かれると安心感がある。
「エレベーターに乗ります」
「はい」
創界社のこの部署で、メンバーで、そして徹さんと宮田さん。様々な人たちと仕事をしてきた。そのめぐり逢いに私は感謝をして、この充実した人生を歩めていることに感謝をして、幸せをかみしめて1秒1秒を大切に生きていきたい。
そして、徹さんと出会って世界の見え方が変わったように、私も私と出会った人たちが少しだけでも見え方が変わってくれたらいいなとも思う。ほんの少し、誰かが困っていたら手を差し伸べる。そんな余裕が生まれてくれたらいいなと願って。
「書店に寄って帰ろうか」
「わかりました」
ふたりの背中を見送るためにフロントの方まで来て、ドアの近くで立ち止まる。
「私はもう少し仕事があるのでこれで。では──」
私はふたりに礼をする。すると、徹さんは私の方を見てにこやかに笑う。
「俺の妻になってくれてありがとう」
向日葵のような満開の笑顔は、夏の太陽のように眩しい。
今日は入籍日。
私たちが正式な夫婦となった日。
「こちらこそ。ありがとうございます」
私は彼の妻であり、バディ《目》であり、光なのだ。
END
季節は巡り、私の契約期間は無事終了して1ヶ月が経過した。
創界社に戻ってからは、また営業職として外回りの日々。
徹さんの秘書で適任の者がまだ見つからず、私がいた席は空いたままらしい。このまま私が正式に西条ホールディングスの特別広報部の秘書として働くことも宮田さんにも勧められたけれど、やっぱり私はここに戻りたかった。
それは、徹さんたちと働きたくないというわけではなく、私が私であるために、私がするべきことはここにあると思ったから。
「エッセイ本の発売、それとご結婚も! おめでとうございます! いやぁ、まさか渡辺さんがあの御曹司と結婚するとは思いもしませんでしたよ」
「ありがとう。それは私もだよ。あの時の私に言ったら、びっくりするだろうね」
エッセイは順調に進行して、発売日は予定通りである3月下旬に発売することができた。
それと同時に私と徹さんが結婚することも決まっていて、入籍日はエッセイ本の発売日と合わせた。私たちの記念すべき日だからということで、私が提案したのだ。両家挨拶などはすでに済ませていて、入籍日はどうしても発売日に揃えたいこだわりがあったから。
そのため、午前中に遅刻という形で午前中のうちに役所の方に婚姻届を提出してきたばかりである。
「結婚式、いつするんですか?」
「一応、予定だと10月かな」
「いいなぁウエディングドレス。写真見せてくださいね」
「うん、ありがとうね。私も楽しみにしているの」
内田ちゃんをはじめとして、営業部で仲のいい同僚には個別でお祝いメッセージをもらった。
結婚式は盛大に行うよりも、近親者のみで行う方向性で決まっていて、それは同僚にも説明済だ。
これまでは西条家の権威を示すためにも会社の重役たちや職場の同僚などを呼んで大規模な挙式であったそうだ。しかしそれは、令和の時代に沿った結婚式ではないかもしれないということで西条家も納得した上で、徹さんの代からは家族と新郎新婦が招待したいごく少人数の友人だけとなった。
「これからもどうぞよろしくお願いします」
今日はエッセイ本『暗闇から光を求めて』の発売日ということで徹さんが創界社に挨拶に来ている。
それを遠巻きに見ていた他部署の女性社員たちはざわついていて、どうして相手が私なのかと言っているのだと思う。もしくは、今までの黒い噂しか知らないから、結婚するということが信じられないか。理由はいくつも予想はできる。
「イベントでもよろしくお願いしますね」
「はい。こちらもいろいろアイディアを出しておきますので、また改めてよろしくお願いします」
エッセイ本の発売記念イベントが来月行われることも決まっていて、もともと10万人程度であった西条さんのSNSのフォロワー数もかなり増えた。発売に合わせてテレビやラジオ番組、生配信などでの出演も増やしていたからだろう。
徹さんは手土産にと鏡華庵の生クリーム大福を私たち営業部と、出版に携わってくれたスタッフの人数分用意してくれていたようで、一緒についてきていた宮田さんが箱を部長に渡す。
「ありがとうございます。わざわざ部署全員分まで……」
「いえいえ。大変お世話になりましたから」
部長は徹さんと宮田さんにお辞儀をして、大福を受け取る。
一度食べてみたら美味しくてやみつきになる鏡華庵の生クリーム大福。そして、思い出のある和菓子。
徹さんに促されて、部署のみんなに1つずつ配られて、いただく。なかなか食べられない店の和菓子を食べられて、みんな嬉しそうにしていた。控えめな甘さで軽い生クリームは、緑茶と一緒に食べたら美味しいと思い、私は緑茶と一緒に食べていた。
「それではそろそろお暇します」
「わかりました。外までお送りしますね。渡辺~!」
「あ、はいっ!」
部長は私を呼ぶ。呼ばれたので急いで緑茶を飲んでウエットティッシュで手を拭く。
「おふたりを外までお送りしてこい」
「はい」
徹さんと宮田さんは私の方を見て、小さくお辞儀をしてきた。
その光景が、なんだか愛らしくて。笑ってしまいそうになる。
「何ですか急に」
「いやぁ、お願いしますっていう思いを込めて」
「ふふ、そうですか。肩、どうぞ」
徹さんは基本的に私の助けがなくともひとりで歩くことはできる。それでも、慣れない場所や不安のある場所、外なんかではサポートが必要になる。でも、こうしたものには個人差があって、視覚障害者だから一律にこういうサポートをしろ、というものでもない。障害とか病気とか、そういう括りで見るのではなく、あくまで「その人」を見ることが大切だということを、徹さんを通して学ばせてもらったのだ。
彼と関わらなければ知らなかった世界。彼のおかげで私の世界は広がった。
私が徹さんの手の甲をトントン、と私の手の甲で叩くと私の肩に手を置く。いつものこの大きくてごつごつとしたあたたかな手が私の肩に置かれると安心感がある。
「エレベーターに乗ります」
「はい」
創界社のこの部署で、メンバーで、そして徹さんと宮田さん。様々な人たちと仕事をしてきた。そのめぐり逢いに私は感謝をして、この充実した人生を歩めていることに感謝をして、幸せをかみしめて1秒1秒を大切に生きていきたい。
そして、徹さんと出会って世界の見え方が変わったように、私も私と出会った人たちが少しだけでも見え方が変わってくれたらいいなとも思う。ほんの少し、誰かが困っていたら手を差し伸べる。そんな余裕が生まれてくれたらいいなと願って。
「書店に寄って帰ろうか」
「わかりました」
ふたりの背中を見送るためにフロントの方まで来て、ドアの近くで立ち止まる。
「私はもう少し仕事があるのでこれで。では──」
私はふたりに礼をする。すると、徹さんは私の方を見てにこやかに笑う。
「俺の妻になってくれてありがとう」
向日葵のような満開の笑顔は、夏の太陽のように眩しい。
今日は入籍日。
私たちが正式な夫婦となった日。
「こちらこそ。ありがとうございます」
私は彼の妻であり、バディ《目》であり、光なのだ。
END