全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい
「ただいま戻りました~」
「お疲れ様でーす」
私は自分の席に荷物を置いて、大事に抱えていた保冷バッグを部長に渡す。
「ただいま戻りました。鏡華庵の生クリーム大福です」
「おう、渡辺。お疲れ」
「ありがとうございます」
大福を渡すと部長は打ち合わせのために応接室へ向かう。
私もそれを見送って、午後の仕事に取りかかろうとする。
今は14時。
来客ボードの担当を見ると営業部ではうちの部長、編集部は敏腕と噂の編集者・神谷さんだ。
今日は、かの有名な西条グループ社長の息子が打ち合わせに来るとのことだった。
どうやら西条ホールディングスの社長令息にエッセイの執筆の企画を部長が提案して、その編集担当となったのが神谷さんであった。うちの会社としても、そうした若い世代に響くような著名人に書いてほしいのだろう。
西条ホールディングスは明治時代から続く旅行施設、リゾート施設、不動産など多岐にわたる業種に進出している会社だ。
そんな大きな会社の社長には2人の息子と1人の娘がいて……くらいの情報しか知らない。
自分のデスクに戻り、隣に座る後輩の内田ちゃんが仕事を始めた私に声をかける。
「あの御曹司、本当に鏡華庵の生クリーム大福好きなんですかね。話として有名すぎますし、たぶんどの会社もそれを用意しますけど……もし本当ならギャップ萌えもいいところですよ」
「えぇ、そうなの? 最近は甘いもの好きな男子もいるし普通じゃない?」
「だって、知ってます?」
内田ちゃんはあたりを見渡してから私の傍に寄って、スマートフォンの画面を見せてくる。
「気に入らない人はすぐにクビにしてたり、ほらこの週刊誌とか見てくださいよ。《俺様御曹司の悪事!》って。過去の彼女っていう人の告白とか最低な発言ばっかりですよ」
「うーん……そうなんだね」
内田ちゃんはネットニュースやSNSの噂やゴシップネタが好きだ。私は軽く相槌を打って終わらせようとした。
時折こうしてニュースを見せてくるけど、正直反応に困る。
一般人ならこんなことしても取り上げられないというのに、この人も大変なんだな。なんて他人事のようにスルーしようとする。
だけど、今日はスマートフォンの画面から目が離せなかった。
「でも、このボンボン、顔はいいしな~SNSによると身長は185センチで背が高いし、筋肉質で頼りがいのある男って感じで素敵なんですよね~。絶対彼女いますよね」
「……そう、ね」
私は、心臓が急に速く鼓動を打って、変な汗がじんわりと滲んだ。
この特徴的な顔立ち。かっちりと着こなしたスーツ。そして何よりこの見出し。
「全盲の御曹司……」
「そうらしいですよ。幼い頃の事故だかで後天的な全盲で。それについては今回の企画でエッセイに盛り込んでくれるのかなぁなんて思っていますけど……って、渡辺さん?」
「あ、ああっ、うん。なんでもない」
どう見ても、あの人だ。
駅で助けた男性。
あの時はどこかで見たことあるな、くらいだった。
だって、こんな大企業の御曹司が駅近くにいるなんて考えられないし。
そもそも芸能人でもないしそんなに見る機会だってないから、すぐに思い出せなくても当たり前だ。
「もしかして、今日も俺様が発動したりするんですかね」
内田ちゃんが話す内容にうなずくこともできず、ぼーっとしてしまう。
「さ、さぁね~……俺様が発動しちゃったら難航しそうで大変そうだね」
「そうですよねぇ」
内田ちゃんは自分のパソコンの方を向いて仕事を再開する。
私も仕事しなくては。
付箋にやることを書いていて、達成したものはチェックしていく。
まだいくつかタスクは残っている。早く片付けないとだ。
一旦落ち着こうと、お手洗いの方に向かおうと立ち上がると、急いだ様子の部長が私の名前を呼ぶ。
「渡辺! 西条様がお呼びだ」
「えっ……?」
私は何が起こっているのかわからなかった。
ただ、部長の焦っている表情から、何かまずいことが起こっているのだということだけは嫌というほど伝わってきていた。
「お疲れ様でーす」
私は自分の席に荷物を置いて、大事に抱えていた保冷バッグを部長に渡す。
「ただいま戻りました。鏡華庵の生クリーム大福です」
「おう、渡辺。お疲れ」
「ありがとうございます」
大福を渡すと部長は打ち合わせのために応接室へ向かう。
私もそれを見送って、午後の仕事に取りかかろうとする。
今は14時。
来客ボードの担当を見ると営業部ではうちの部長、編集部は敏腕と噂の編集者・神谷さんだ。
今日は、かの有名な西条グループ社長の息子が打ち合わせに来るとのことだった。
どうやら西条ホールディングスの社長令息にエッセイの執筆の企画を部長が提案して、その編集担当となったのが神谷さんであった。うちの会社としても、そうした若い世代に響くような著名人に書いてほしいのだろう。
西条ホールディングスは明治時代から続く旅行施設、リゾート施設、不動産など多岐にわたる業種に進出している会社だ。
そんな大きな会社の社長には2人の息子と1人の娘がいて……くらいの情報しか知らない。
自分のデスクに戻り、隣に座る後輩の内田ちゃんが仕事を始めた私に声をかける。
「あの御曹司、本当に鏡華庵の生クリーム大福好きなんですかね。話として有名すぎますし、たぶんどの会社もそれを用意しますけど……もし本当ならギャップ萌えもいいところですよ」
「えぇ、そうなの? 最近は甘いもの好きな男子もいるし普通じゃない?」
「だって、知ってます?」
内田ちゃんはあたりを見渡してから私の傍に寄って、スマートフォンの画面を見せてくる。
「気に入らない人はすぐにクビにしてたり、ほらこの週刊誌とか見てくださいよ。《俺様御曹司の悪事!》って。過去の彼女っていう人の告白とか最低な発言ばっかりですよ」
「うーん……そうなんだね」
内田ちゃんはネットニュースやSNSの噂やゴシップネタが好きだ。私は軽く相槌を打って終わらせようとした。
時折こうしてニュースを見せてくるけど、正直反応に困る。
一般人ならこんなことしても取り上げられないというのに、この人も大変なんだな。なんて他人事のようにスルーしようとする。
だけど、今日はスマートフォンの画面から目が離せなかった。
「でも、このボンボン、顔はいいしな~SNSによると身長は185センチで背が高いし、筋肉質で頼りがいのある男って感じで素敵なんですよね~。絶対彼女いますよね」
「……そう、ね」
私は、心臓が急に速く鼓動を打って、変な汗がじんわりと滲んだ。
この特徴的な顔立ち。かっちりと着こなしたスーツ。そして何よりこの見出し。
「全盲の御曹司……」
「そうらしいですよ。幼い頃の事故だかで後天的な全盲で。それについては今回の企画でエッセイに盛り込んでくれるのかなぁなんて思っていますけど……って、渡辺さん?」
「あ、ああっ、うん。なんでもない」
どう見ても、あの人だ。
駅で助けた男性。
あの時はどこかで見たことあるな、くらいだった。
だって、こんな大企業の御曹司が駅近くにいるなんて考えられないし。
そもそも芸能人でもないしそんなに見る機会だってないから、すぐに思い出せなくても当たり前だ。
「もしかして、今日も俺様が発動したりするんですかね」
内田ちゃんが話す内容にうなずくこともできず、ぼーっとしてしまう。
「さ、さぁね~……俺様が発動しちゃったら難航しそうで大変そうだね」
「そうですよねぇ」
内田ちゃんは自分のパソコンの方を向いて仕事を再開する。
私も仕事しなくては。
付箋にやることを書いていて、達成したものはチェックしていく。
まだいくつかタスクは残っている。早く片付けないとだ。
一旦落ち着こうと、お手洗いの方に向かおうと立ち上がると、急いだ様子の部長が私の名前を呼ぶ。
「渡辺! 西条様がお呼びだ」
「えっ……?」
私は何が起こっているのかわからなかった。
ただ、部長の焦っている表情から、何かまずいことが起こっているのだということだけは嫌というほど伝わってきていた。