全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい
「あ、あのっ、お邪魔しています」

 私は何と話しかけるのが正解かわからず、変なことを口走ってしまう。

「緊張しているのか」
「え、なんでそんな」

 西条さんは靴を脱いでスリッパに履き替えてリビングの方に歩いていく。

「声色でわかる。堅い。明日までにはその声が柔らかくなることを祈る。そんな声で隣に立たれたら俺まで疲れる」
「は、はい……」

 西条さんは注意するような口ぶりで私にそう伝え、迷うことなくテレビの前のソファに座る。

「あの、見えるんですか」

 私はその自然な動きに純粋な疑問が浮かんで口に出してしまう。

「この眼鏡のおかげでな。それに自分の家ならなんとなく感覚もわかるさ」

 眼鏡のフレームの部分をよく見ると、小型のカメラのようなものがついていた。
 このカメラで物の位置が把握できるのだろうか。

「すごいですね」
「AI視覚支援デバイスってやつだ。でもこれは高価なもので、なかなかこれを欲する人全員が手に入れられるわけじゃない」

 そう言うと、西条さんは私の方をじっと見る。

「えっと、なんでしょうか……」

 鼻筋がすっと通っていて、シャープな輪郭、男性的なしっかりとした顔立ちだ。奥二重の目元はクールな印象で、低めの声も相まって冷徹な俺様御曹司というイメージは否めない。
 けれど、正直に言えば、やっぱり美形だ。
 そんな相手に見つめられたらドキっとしてしまうのは仕方ないだろう。

「カメラに登録しておいた。あの場で登録するのもどうかと思ってな」
「あ、は、はい」

 そう言うと満足そうな表情をして、立ち上がってネクタイを寛げた。

「しばらく、この部屋に滞在する。だが安心しろ。君を女性としてではなく、あくまでビジネスパートナーとして見ているから心配するな。何も起こることはない」
「わ、わかりました……」

 西条さんはそう言って、自室に入っていった。
 私はひとりぽつんと残されたまま、自分の心の中で、彼が言い放った言葉を反芻する。

(何も起こらないって……いや、それはいいことなんだけど。いいことなんだけどさ。なんだか私が女として魅力がないみたいなそんな言い方にも聞こえるし。もっと言い方ってものがあるんじゃないの!?)

 ほんの少しだけ、自信が削られてしまった私。
 たしかに可愛くもなければ仕事が特別できるというわけでもない。取り柄がないのは事実だ。
 
 それでも落ち込んでいる暇はない。明日のために勉強をしなくては。
 そして、あの人をぎゃふんと言わせてやるんだから!

 こうして私の契約バディとしての生活が幕を開けるのだった。
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