全盲の御曹司は契約バディを妻にしたい

第3話 御曹司のお仕事

 西条さんのバディとしての仕事は、主に社外の打ち合わせ時に補助することが多かった。
 私の初仕事は、西条さんが企画した事業の経過を視察に行くことだった。そこでも西条さんのやりとりは丁寧で、敬意を示した腰の低い話し方で、相手方との雰囲気も関係性も良好に見えたのが記憶に残っている。
 社外に出て、広報や売り込み、さらには西条さん自身が広告となるような医療福祉系の法人、教育機関や会社とのタイアップ企画もあった。
 その他には、西条さんを部長とした「特別広報部」での事務作業のために書類を整理したり、実際に目を通して確認したりと様々ある。

「そういえば、見つかりました? 新しい秘書の方」
「いや。まだだ。それに、あれから1ヶ月しか経っていないだろ」 

 特別広報部は、西条さん、宮田さん、私しかいない。
 内田ちゃん曰く、以前はその他に2人いたけれど西条さんがクビにしたらしい。私の前任者もどうやらクビになったと言っていた。
 真偽は定かではないけど、もしこれが事実なら私もいつクビになるかわからない。
 そう思いながら、緊張感を持って仕事をしている。

「今日は福祉系大学での特別講演ですよね。本当に、西条さんのお仕事っていろいろありますね」

 御曹司の仕事がどういったものなのか想像もつかなかった。
 勝手なイメージでいえば、若い頃から年上の部下を従えてリーダーとして引っ張っていっているものだと思っていたのだけど。
 そんなイメージからはかけ離れた、現場に自ら足を運んで企画や広報活動をしている。
 
「……西条ホールディングスの会長も社長も実力主義だ。自分の跡を継ぐのは家族である必要はないという考えのもと、これまでどんな不況も乗り越えてきた。俺はただ、血筋に甘えていてはいけない。創造力も経営者としての資質も残念ながらほかの社員に劣る。そこで俺が俺という個性を活かして結果を残せるのは、特別広報部の仕事しかないと思って、今に至る」
「努力家なんですね」
「そうか?」
「そうですよ。私にはそう見えます」
「……ありがとう」

 西条さんの氷のような表情に、少しだけ春の暖かさを感じた。
 素直にありがとうと言うこの姿を見て、私は噂通りの冷徹な御曹司とは思えなくなっている。
 
 何より、車での移動中はエッセイについて考えてくれているようだったし。
 取引相手には不気味なくらい完璧な笑顔を見せてはいるけど、宮田さんや私の前ではぶっきらぼうになる。
 それはきっと、彼の素の姿なのだろうか。
 それなら、私のことを少しは認めてくれていると思ってもいいのだろうか。
 
 私はそう思いながら、今日の会場の地図や安全確保のために大学側との連絡をおさらいする。
 西条さんは全盲であっても、アイカメラの補助もあり、大きな障害物には気づくことができる。
 白杖を使いながら階段や段差、地面の障害物など一通りのものは避けて歩くこともできる。

 それでも、バディとして、西条さんの目として細心の注意を払うように心がけていた。
 西条さんを安心させられるように、情報の伝達は客観的で具体的に。言葉でしっかり状況を説明する。私が視えた世界を共有できるように。
 手首など身体に触れる前には声をかけること、白杖に手や体が触れないようにすること、歩幅は大きめにして西条さんが苦痛に思わないようにすること、決定はあくまで西条さんがすること。私はあくまで西条さんの目として、バディとして傍にいるだけ。
 それ以上でも、それ以下でもない。
 この仕事が終われば終わる関係。異性としてどうなるとかもないのだから……

 そして、今日で早いこと出向してから1ヶ月。私もこの仕事に慣れてきた頃。この仕事にやりがいを感じていた。
 
「渡辺の前任者は、あることないことを週刊誌に曝露という形で吹き込んでいたんだ」

 西条さんは突然、打ち明ける。
 
「えっ、それって……」

 私はあの時の週刊誌の内容を思い返す。
 パワハラのようなことを言っていたり、女性としての尊厳を踏みにじるような発言のメール内容だったような気がする。

「だからクビにした。もとはと言えば彼女の身辺調査を怠った俺が悪いんだがな。社長も評価していた社員の娘だからといって信頼しすぎた。よく考えれば、俺は次期社長候補として邪魔な存在だからな。潰せるものなら潰しておきたかったんだろう。結局、俺は裏から手を回してその社員も娘の方も辞めさせた。俺の敵対勢力派閥の人間だったんだよ」

 彼の瞳は、いつもより冷たい気がした。
 どうしたら、この人を暖めることができるのだろう。
 そう思っても、平凡で庶民な私は本来交わるような相手でもないから、彼のために何かしてあげられることなんてないのかもしれない気もした。

「障害者が全員善人だと思わない方が良い。ただの人だ。だから俺は、俺の道の邪魔をする奴は誰であろうと許さないし、手段を選ばず排除する」

 私は何も言えなかった。
 だって、それはいつでも私なんてクビにできるって意味だろうから……

「でも君はいい働きをしてくれている。努力を惜しまないし、俺の求めるものは何かを常に考えてくれている。だからもっと自信を持て。時折、声や足取りに不安や自信の無さがあるように思える。それを感じ取ると俺まで不安になる」
「西条さん……」

 思わず涙が出そうになる。
 こんなに褒められて嬉しいと思ったことはない。
 それはきっと、ビジネスパートナーとしてだけではなく、人としても認められた気がしたから。
 私の努力に、西条さんは気付いてくれていたんだ。
 なんだか鼻の奥がツンとしてしまう。

「だから、辞められると困る。俺にとって渡辺は必要な存在だ」
「あっ、う、あっ、ありがとうございますっ」

 まるで夢のような心地。
 仕事現場に向かっている最中だということすら忘れてしまいそうになる。

「到着です」

 お抱え運転手の吉田さんがそう伝えると、西条さんはシートベルトを外す。
 私は西条さんより先に降りるために、資料などをまとめたトートバッグを左肩にかけ、西条さん側のドアを開ける。

「今日もよろしく頼む。渡辺」
 
 私は西条さんが車から出たのを確認すると、彼の半歩ななめ前に出る。
 そうすると彼は折りたたまれた白杖を延ばして、私の肩に手を置いた。
 
「ぐすっ……はい、もちろん!」

 私はいつもよりも背筋を伸ばして、堂々と歩いていたと思う。
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