冷酷な狼皇帝の契約花嫁 ~「お前は家族じゃない」と捨てられた令嬢が、獣人国で愛されて幸せになるまで~2
王城へと移動したのち、二階の大きなバルコニーのある休憩室の一つに入った。
サラも着替えは手慣れたもので、続き部屋で侍女に手伝ってもらい、お仕着せから簡単に着られるドレスへと袖を通し直した。
部屋に戻るとカイルがギルクたちに視線をやった。
「しばし二人にせよ」
「はっ」
ギルクたちと侍女たちが外へと出る。
茶菓子は先にテーブルに出されていた。ワゴンにはお茶に必要なお湯や茶葉と茶器一式が揃えられてある。
そんなに飲みたかったのかしらとうれしくなって、サラは今日もカイルのために紅茶を淹れた。
「誰かの淹れる紅茶が、こんなにもおいしいと感じたのは初めてだ」
彼の座るソファにサラもついたところで、二人の休憩が始まる。彼はまたしても味を褒めた。
伴侶の贔屓目ではないかと疑ってしまうものの、腕には自信があるから彼は本当に喜んでくれているのかもしれないとうれしさに胸が脈打つ。
ブレンドから高級茶まで日頃から淹れられるようになっていてよかった、と思う。
実家にいた頃、サラはおいしい紅茶がいつでも飲めるよう、その淹れ方を習っていた。おかげで、意地悪な三人の姉から文句は出ず次第にねだられだした。
それがきっかけで、誰かにおいしいと言われる紅茶を淹れたいと思ったのだ。
(そういえば、――そうだったわね)
目の前の紅茶を眺めながら、サラはふっと思い出す。
長女のマーガリーとは年齢がだいぶ離れていたから、一緒に過ごす時間はあまりなかった。でも年齢が近い次女と三女の姉とは、確かに交流していた時代もあったのだ。
次女のアドリエンナと、三女のフラネシアと昔は紅茶だって一緒に飲んだ。
『呪いよ! そのせいでわたくしは男児が産めなかったの! アドリエンナもフラネシアも自分の部屋に戻りなさい! マーガリーを見習うの! サラとは仲よくしないで!』
繰り返される『仲よくしないで』という母の言葉。
その言葉が徐々に、姉たちの心に浸透していったようにも思えた。
「どうした?」
優しい声にハッと現実の感覚が戻る。手に持っていたティーカップの湯気に目を落としていたサラが視線を上げると、自分のカップを置いて顔をこちらに向けているカイルの姿があった。
「いつから見ていて……」
「ほんの少しだ。何か、考えているようだった」
彼はサラのほんの些細なところにも気づく節があった。
「いえ、ほんのちょっとぼうっとしてしまっただけです」
苦笑を返し、紅茶を飲んではぐらかす。
けれど口を離した時、腕にかかった金髪をすくい取る優しい手にどきりとした。
「サラはすぐ顔に出るからわかる。あの目をしている時は、たいてい昔の暮らしを考えている時だ」
どんな目をしていたのか気になった。
けれど、そろりと視線を持ち上げた途端に尋ねるタイミングを逃した。
「あっ」
見せつけるように彼が、持ち上げたサラの金髪に口づける。
「お前が気にすることがないよう、故郷の国でのことを思い出すたび、俺は愛を注ごう」
それは想いを告白されてから何度も伝えられたことだった。
気にしていることを知ってから彼は髪に触れる機会が増えたが、好きだと伝えられてから贈られるようになった髪へのキスは、神聖な儀式みたいにサラの目に焼きつく。
「この髪は美しい。目も、俺を惹きつけてやまないお前自身も」
彼は、サラがどんなことを思い返していたのかなんとなく察したみたいだ。
(本当に、私のことをよく見てくださっている……)
彼はサラの目を見つめ返すと、しかし何をどう考えていたのかと確かめようとはせずに「おいで」と優しい声を出す。
彼に手を引かれ、サラはカイルの膝の上に座らされた。
「あの、こんなことをしたらお茶が飲めないですよ」
「お前以上に甘美なものはない」
カイルの真剣な目がサラの赤くなった顔を映し出す。
彼が顔を近づけて、そっと目の下を撫でた親指の感触は、『金色の目も美しい』と語ってくる。
と、彼がサラを見つめたまま彼女の紅茶を取り上げる。
「紅茶よりも、俺を味わってみないか?」
サラは動揺して、ますます自分の顔が熱くなるのを感じた。
「わ、私」
「正直に伝えると、俺がサラを味わいたい」
「カイル……」
「だめか?」
(そんなふうに優しく聞くなんて、ずるい)
サラはどきどきしながら彼からの口づけを待った。するとカイルが顔を引き寄せて、二人の唇が優しく触れ合う。
(彼のキスこそ、甘美だわ)
サラは心地よくて彼の方へ身を寄せる。すると唇を優しくはんでいた彼が『するよ』と言うように、互いの口を深く密着させた。
「ん……んぅ……」
心地がいい、気持ちいい。
サラは抱きしめられるカイルに誘われ『もっと』という気持ちになって、彼に腕を回してキスを受け入れる。
すると、不意にぬるりと彼の舌がサラの舌先に触れて、彼女はびくっとした。
「まだ、緊張する?」
ほんの少し離れた唇から、フッと笑ったような吐息が触れた。
サラが腕を回している彼の肩は、小さく揺れていて、こらえきれず笑っているのがわかる。
「そ、それは仕方ないです」
「わかってる。大丈夫だ、ゆっくり進めるつもりでいる」
そう、なのだろうか。
近くから見つめてきたカイルの不敵な笑みは自信たっぷりだが、サラは小さく疑ってしまう。
(たまに『待って』と言ってもやめてくれなくて、恥ずかしくなる時があるけど……)
そんなことを思っていると、再び彼の唇が重なって思考は甘くとろけていく。
キスは、恋人同士の触れ合いのように習慣となっていた。
《癒やしの湖》の回復活動により失った魔力を補うためたっぷりキスもするので、慣れてきた気もしているが――。
(でも、まだ、どきどきするの)
口内にある彼の熱に、両思いになって初めてキスされた時と同じときめきを感じた。
二人は公認の夫婦なのだからキスだってなんの問題はないのだけれど、サラの方がいつもいっぱいいっぱいになって、カイルがそこで終わってくれる、という感じだ。
夫婦となってから、二人は私室を共用していた。
結婚式までに前祝いはしていないので、挙式後の初夜という獣人族の婚姻の習わしに従って身は清いままで、寝室にはサラの分のベッドが追加で置かれている。
寝る時は別々のベッドなので、就寝まで寝室にあるソファで一緒に並んで過ごすのが日課だ。
その際にもキスをするのだが、そのあと何もないまま眠れるのか当初は心配になるくらい濃かった。
普段も感じていることだが、とくに寝室でキスをすると、彼が無性に離れたくないと思っているのではと感じる時がある。
同じベッドで一緒に眠りたいのではないだろうか。
サラはそう感じるのだが、彼は今のところ『一緒に寝よう』とは一度だって言っていない。
甘えるようにキスや触れ合いはねだってはくるけど、ただ、共に寝るだけの要望は彼の口から聞かなかった。
「んんっ」
何やら腰骨が甘く痺れるような感じで、身体がびくびくっとはねた。
息が上がるほどキスをされると、もう何をどうされているのかわからなくて、どうしてはねたのか不思議に思うほどだ。
「ここまでにしようか」
カイルがサラを支えようとして抱き直すと、彼女の身体が再びはねる。
「ン、ごめんなさ……」
「いや、謝らなくていい。……そもそも悪いのは俺だしな」
サラは不思議に思ったが、とにかく寄りかかって、と言われて彼の胸板に身を預ける。
彼にあやすように背を撫でられ、しばらく息を整える。
(同じくらいキスをしているのに私だけ話せないくらい息が上がってしまうなんて……獣人族との体力の違いね。もっと体力をつけよう)
サラは前向きに考える。
すると彼女を膝の上で抱きしめているカイルが「んんっ」と咳払いをした。
「サラ」
「はい、なんでしょうカイル?」
もうそろそろ息も整いそうだったので、サラは『もう話せます』と伝えるように、彼の胸に手を置いて近くからカイルを見上げた。
凛々しい印象がある彼の明るいブルーの目が、動じるみたいに揺れた。
何やら言おうとして、彼がじわりと頬を朱に染めた。口をつぐみ、顔の赤みを引かせるべく一度目をそらして、それから再び視線がサラの方へと戻る。
「その、だな」
「はい」
またしても、間があった。
彼が口を開いたまま、考えるみたいに視線を今度は上に逃がす。
「……すまない、なんでもないんだ」
なんでもなくはなさそうだが、サラが不思議がると彼は「またあとで」とすばやく言って、彼女をひょいと持ち上げて自分の隣へと座らせた。
(相変わらずすごい力だわ)
サラは感心した拍子に尋ねるタイミングを逃した。彼が茶菓子を勧めてくる。
またあとで、と言っていたのでその時を待てばいいのだろう。
自分が食べないと彼も食べてくれなそうだったので、彼にこそ糖分は必要だと思ってサラはお手本のように率先して菓子を食べた。
そのあとは雑談をしばらく楽しんだが、隣から時々、何やらカイルが頭のあたりをちらちらと見ているような気もした。
サラも着替えは手慣れたもので、続き部屋で侍女に手伝ってもらい、お仕着せから簡単に着られるドレスへと袖を通し直した。
部屋に戻るとカイルがギルクたちに視線をやった。
「しばし二人にせよ」
「はっ」
ギルクたちと侍女たちが外へと出る。
茶菓子は先にテーブルに出されていた。ワゴンにはお茶に必要なお湯や茶葉と茶器一式が揃えられてある。
そんなに飲みたかったのかしらとうれしくなって、サラは今日もカイルのために紅茶を淹れた。
「誰かの淹れる紅茶が、こんなにもおいしいと感じたのは初めてだ」
彼の座るソファにサラもついたところで、二人の休憩が始まる。彼はまたしても味を褒めた。
伴侶の贔屓目ではないかと疑ってしまうものの、腕には自信があるから彼は本当に喜んでくれているのかもしれないとうれしさに胸が脈打つ。
ブレンドから高級茶まで日頃から淹れられるようになっていてよかった、と思う。
実家にいた頃、サラはおいしい紅茶がいつでも飲めるよう、その淹れ方を習っていた。おかげで、意地悪な三人の姉から文句は出ず次第にねだられだした。
それがきっかけで、誰かにおいしいと言われる紅茶を淹れたいと思ったのだ。
(そういえば、――そうだったわね)
目の前の紅茶を眺めながら、サラはふっと思い出す。
長女のマーガリーとは年齢がだいぶ離れていたから、一緒に過ごす時間はあまりなかった。でも年齢が近い次女と三女の姉とは、確かに交流していた時代もあったのだ。
次女のアドリエンナと、三女のフラネシアと昔は紅茶だって一緒に飲んだ。
『呪いよ! そのせいでわたくしは男児が産めなかったの! アドリエンナもフラネシアも自分の部屋に戻りなさい! マーガリーを見習うの! サラとは仲よくしないで!』
繰り返される『仲よくしないで』という母の言葉。
その言葉が徐々に、姉たちの心に浸透していったようにも思えた。
「どうした?」
優しい声にハッと現実の感覚が戻る。手に持っていたティーカップの湯気に目を落としていたサラが視線を上げると、自分のカップを置いて顔をこちらに向けているカイルの姿があった。
「いつから見ていて……」
「ほんの少しだ。何か、考えているようだった」
彼はサラのほんの些細なところにも気づく節があった。
「いえ、ほんのちょっとぼうっとしてしまっただけです」
苦笑を返し、紅茶を飲んではぐらかす。
けれど口を離した時、腕にかかった金髪をすくい取る優しい手にどきりとした。
「サラはすぐ顔に出るからわかる。あの目をしている時は、たいてい昔の暮らしを考えている時だ」
どんな目をしていたのか気になった。
けれど、そろりと視線を持ち上げた途端に尋ねるタイミングを逃した。
「あっ」
見せつけるように彼が、持ち上げたサラの金髪に口づける。
「お前が気にすることがないよう、故郷の国でのことを思い出すたび、俺は愛を注ごう」
それは想いを告白されてから何度も伝えられたことだった。
気にしていることを知ってから彼は髪に触れる機会が増えたが、好きだと伝えられてから贈られるようになった髪へのキスは、神聖な儀式みたいにサラの目に焼きつく。
「この髪は美しい。目も、俺を惹きつけてやまないお前自身も」
彼は、サラがどんなことを思い返していたのかなんとなく察したみたいだ。
(本当に、私のことをよく見てくださっている……)
彼はサラの目を見つめ返すと、しかし何をどう考えていたのかと確かめようとはせずに「おいで」と優しい声を出す。
彼に手を引かれ、サラはカイルの膝の上に座らされた。
「あの、こんなことをしたらお茶が飲めないですよ」
「お前以上に甘美なものはない」
カイルの真剣な目がサラの赤くなった顔を映し出す。
彼が顔を近づけて、そっと目の下を撫でた親指の感触は、『金色の目も美しい』と語ってくる。
と、彼がサラを見つめたまま彼女の紅茶を取り上げる。
「紅茶よりも、俺を味わってみないか?」
サラは動揺して、ますます自分の顔が熱くなるのを感じた。
「わ、私」
「正直に伝えると、俺がサラを味わいたい」
「カイル……」
「だめか?」
(そんなふうに優しく聞くなんて、ずるい)
サラはどきどきしながら彼からの口づけを待った。するとカイルが顔を引き寄せて、二人の唇が優しく触れ合う。
(彼のキスこそ、甘美だわ)
サラは心地よくて彼の方へ身を寄せる。すると唇を優しくはんでいた彼が『するよ』と言うように、互いの口を深く密着させた。
「ん……んぅ……」
心地がいい、気持ちいい。
サラは抱きしめられるカイルに誘われ『もっと』という気持ちになって、彼に腕を回してキスを受け入れる。
すると、不意にぬるりと彼の舌がサラの舌先に触れて、彼女はびくっとした。
「まだ、緊張する?」
ほんの少し離れた唇から、フッと笑ったような吐息が触れた。
サラが腕を回している彼の肩は、小さく揺れていて、こらえきれず笑っているのがわかる。
「そ、それは仕方ないです」
「わかってる。大丈夫だ、ゆっくり進めるつもりでいる」
そう、なのだろうか。
近くから見つめてきたカイルの不敵な笑みは自信たっぷりだが、サラは小さく疑ってしまう。
(たまに『待って』と言ってもやめてくれなくて、恥ずかしくなる時があるけど……)
そんなことを思っていると、再び彼の唇が重なって思考は甘くとろけていく。
キスは、恋人同士の触れ合いのように習慣となっていた。
《癒やしの湖》の回復活動により失った魔力を補うためたっぷりキスもするので、慣れてきた気もしているが――。
(でも、まだ、どきどきするの)
口内にある彼の熱に、両思いになって初めてキスされた時と同じときめきを感じた。
二人は公認の夫婦なのだからキスだってなんの問題はないのだけれど、サラの方がいつもいっぱいいっぱいになって、カイルがそこで終わってくれる、という感じだ。
夫婦となってから、二人は私室を共用していた。
結婚式までに前祝いはしていないので、挙式後の初夜という獣人族の婚姻の習わしに従って身は清いままで、寝室にはサラの分のベッドが追加で置かれている。
寝る時は別々のベッドなので、就寝まで寝室にあるソファで一緒に並んで過ごすのが日課だ。
その際にもキスをするのだが、そのあと何もないまま眠れるのか当初は心配になるくらい濃かった。
普段も感じていることだが、とくに寝室でキスをすると、彼が無性に離れたくないと思っているのではと感じる時がある。
同じベッドで一緒に眠りたいのではないだろうか。
サラはそう感じるのだが、彼は今のところ『一緒に寝よう』とは一度だって言っていない。
甘えるようにキスや触れ合いはねだってはくるけど、ただ、共に寝るだけの要望は彼の口から聞かなかった。
「んんっ」
何やら腰骨が甘く痺れるような感じで、身体がびくびくっとはねた。
息が上がるほどキスをされると、もう何をどうされているのかわからなくて、どうしてはねたのか不思議に思うほどだ。
「ここまでにしようか」
カイルがサラを支えようとして抱き直すと、彼女の身体が再びはねる。
「ン、ごめんなさ……」
「いや、謝らなくていい。……そもそも悪いのは俺だしな」
サラは不思議に思ったが、とにかく寄りかかって、と言われて彼の胸板に身を預ける。
彼にあやすように背を撫でられ、しばらく息を整える。
(同じくらいキスをしているのに私だけ話せないくらい息が上がってしまうなんて……獣人族との体力の違いね。もっと体力をつけよう)
サラは前向きに考える。
すると彼女を膝の上で抱きしめているカイルが「んんっ」と咳払いをした。
「サラ」
「はい、なんでしょうカイル?」
もうそろそろ息も整いそうだったので、サラは『もう話せます』と伝えるように、彼の胸に手を置いて近くからカイルを見上げた。
凛々しい印象がある彼の明るいブルーの目が、動じるみたいに揺れた。
何やら言おうとして、彼がじわりと頬を朱に染めた。口をつぐみ、顔の赤みを引かせるべく一度目をそらして、それから再び視線がサラの方へと戻る。
「その、だな」
「はい」
またしても、間があった。
彼が口を開いたまま、考えるみたいに視線を今度は上に逃がす。
「……すまない、なんでもないんだ」
なんでもなくはなさそうだが、サラが不思議がると彼は「またあとで」とすばやく言って、彼女をひょいと持ち上げて自分の隣へと座らせた。
(相変わらずすごい力だわ)
サラは感心した拍子に尋ねるタイミングを逃した。彼が茶菓子を勧めてくる。
またあとで、と言っていたのでその時を待てばいいのだろう。
自分が食べないと彼も食べてくれなそうだったので、彼にこそ糖分は必要だと思ってサラはお手本のように率先して菓子を食べた。
そのあとは雑談をしばらく楽しんだが、隣から時々、何やらカイルが頭のあたりをちらちらと見ているような気もした。