冷酷な狼皇帝の契約花嫁 ~「お前は家族じゃない」と捨てられた令嬢が、獣人国で愛されて幸せになるまで~2
 ◇◇◇

 カイルはその日、とうとうサラに切り出せずに終わった。
 もう何日も前からあるものを渡そうと用意し、昨日ようやく渡す際の台詞(せりふ)も考えたというのに、愛らしいサラを前にしたら台詞が飛んだ。
 そんなことは初めてだった。自分がかなり情けない。
 寝室まで護衛でついてきたギルクも、なんのために日中時間を空けたんだと雄弁な彼の目が語っていた。
(さりげなく渡す、さりげなく渡そう……)
 深夜、カイルはベッドの上で眠れないままそう頭の中で言い聞かせる。
 そこでいったんその思考が終わってしまった彼は、やはり寝つけないまま横を向く。
 そこには、もう一つ真新しいベッドが置かれていた。
 すやすやと眠っているのはサラだ。
 ここはカイルの寝室だが、今は夫婦の共用の寝室になっていた。いまだもう一人分の呼吸音が聞こえるのは慣れないでいる。
 というのも、彼がサラをかなり意識しまくっているせいだ。
 王城の住居区は、深夜になると物音一つなく静まり返る。向こうにある窓から時々風があたる音が、カイルの獣人族のいい聴覚に触れる程度。
 だが今は、彼の寝室にもう一つ小さな呼吸音がある。
(すごく安心しきって眠っている)
 サラは掛け布団を肩まで覆い、やや丸くなるようにして眠っていた。顔がこちらに向いていてカイルはまた眠気が遠ざかる。
 入籍して〝夫婦〟となることが決まってからカイルの部屋が共用の私室とされ、そうして彼の広い寝室にはもう一つベッドが追加された。
 夫婦となった初日、サラはナイトドレス姿でおそるおそるこちらにやって来た。
 その時の光景はカイルの目に焼きついている。恥じらいながらも入室し、目が合うとはにかんだ表情は愛らしく、彼女が緊張しないよう彼はあらゆる優しさでもって気をほぐす努力をした。
 とはいえ、彼女は安心するなり寝つくのも早かった。
 翌日はベッドに入ると物の数分で寝た。カイルはおやすみを告げて心を落ち着けていた時、吐息がすぐ寝息に変わったのを聞いて『は』なんて、彼女の方を見て声がもれたものだ。
『今夜はなんの話をしましょうか』
 数日ですっかり慣れてくれたようで、仕事が押してやや遅れて寝室にやって来るカイルをソファで待っていてくれる。
 それはうれしい。うれしい、のだが――。
「はぁ……意識、なんてしていないよなぁ」
 横向きになったカイルは、向かいのベッドに見えるサラのかわいい寝顔につぶやく。
 二人の寝室になった翌日からは、すぐ安らかな顔をして眠るようになったサラ。それはカイルが九歳年上の男として、とにかく優しく接し、彼女に新しい寝室への緊張感を取り払ったのに成功した結果だといえる。
 とはいえ、まさか完全に安心しきってさっと一人で寝られてしまう……というのは想定していなかった。
 夜に、消灯された部屋に二人きり、というのもカイルにはつらい。
(『ゆっくり進めるつもりでいる』とか)
 日中の自分の台詞を思い出して、彼は顔を両手で覆って(ひそ)かに長いため息をこぼした。
 そんなことを言って、彼は自分に散々制限をかけている。
 内心、血反吐を吐きそうなくらい我慢している。それなのに大丈夫だとか大人ぶって、まだ十八歳のサラに余裕あるように見せているのだ。
 改めて自分を見つめ返すと彼は顔が熱くなり、情けなくなって髪をくしゃりとかき上げた。
「大丈夫なわけ、ないだろう」
 顔が赤くなっているところなんて見せられなくて、カイルは仰向けになると、自分の両腕で顔を隠した。
 すぐそこで、サラが眠っている。
 二人だけしかいない寝室。彼が少し動けば、ベッドに連れ込めるほど近くに無防備な彼女がいるのだ。
 彼女の寝息を聞いて、すぐ眠れるはずもない。
 ――彼女が愛おしい。
 契約の花嫁から、彼の本物の花嫁になってくれた。
 今やサラはカイルの妻であり、唯一無二の彼のつがいだ。伴侶として〝契約魔法〟でつながっている。
 愛する女性とつがいになった。これほど幸せなことはない。
 だが、結婚してからカイルには悩みができた。
 それは、サラを食べたくてたまらないことだ。《癒やしの湖》を復興させる活動は軌道に乗り、彼女の故郷である人間族の国のことも落ち着いた。
 そうすると、ますますサラが欲しくなってカイルは大変だった。
 本来、夫と妻になったらベッドも同じなのが、獣人皇国ではあたり前のことだ。
 契約魔法は互いを結びつける見えない糸。
 伴侶になったのに、魔力でつながったその人と離れているのを感じてカイルの身体は、ますます花嫁であるサラの存在を求めている。
 サラは獣人族ではないのでわからないようだが、二度と消えない契約魔法は、互いを知らせ合う見えない魔力の絆だ。
 こうして横になっているだけで、カイルはサラがどこで眠っているのかも感じられる。
 気を抜いた拍子に、彼女の寝息を聞いてついよこしまな想像が脳裏をよぎる。
(いや、だめだ)
 カイルは自分に言い聞かせる。
 とにかく寝ようと思って、彼は、何が悲しくて妻に背を向けなくてはならないんだろうと思いながら寝返りを打つ。
「……はぁ、生殺しか……」
 こんなことで寝不足になったらサラに心配されてしまう。
 悩みがあるのかと理由を尋ねられたら困る内容だ。だから今夜もカイルは寝る努力をした。
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