引きこもり令嬢は皇妃になんてなりたくない!~強面皇帝の溺愛が駄々漏れで困ります~3
プロローグ 皇妃は長い眠りの中……
 誰かが、呼んでいるような声がする。
 起きてと、目を開けてと――でもエレスティアは嫌だった。
 何もない暗闇の中、宙に浮かんでいる彼女は怖い夢に両手で耳を塞ぎ、目を強く閉じて丸くなる。
 前世でエレスティアはある国の姫だった。戦況が劣勢の中、終戦と和平を約束する代わりに敵国が出した条件は、『王の正妻に姫を寄こせ』というものだった。
 初めてその記憶を思い出した時から、起きている時、そしてとくに夢の中で前世の光景を一つずつ鮮明に思い出したりした。
 今も、そうだ。
『そんな、このような条件はあんまりですっ』
『我々への侮辱です! 金髪が側室にいないという理由で――』
『もう何人もの女性が捕虜として囚われています――』
 王の正妻に姫を寄こせという知らせが届いた時の、城の人々の騒ぎは悲痛に満ちていた。
 間もなく聞こえた前世の自分の声に、心がギシリと痛む。
『いいのです。幸い、私以外に金銭も土地も要求されていません――』
 自分一人で済むのなら、と。
 人々の悲しみの涙。侍女たちも泣き崩れていた。けれど自分だけは涙を流してはいけないと、気丈に振る舞った。
 前世の自分がいたある日の光景。見ているだけで心が張り裂けそうになり、エレスティアは目を閉じ、じっと過ごす。
 そうすれば怖い夢も、見ずに済むから──。
「夫と新婚旅行に行くのだろう? だから、目を開けなさい」
 今度ははっきりと聞こえた。覚えのない男性の声だ。しかしどうしてそれを知っているのだろう。
(そう、新婚旅行に行く話をしていたのだわ)
 けれど、記憶が混乱している。
 また引きずり込まれそうになった前世の記憶を拒絶し、エレスティアの意識は闇の深いところまで沈んでいく。
「君に、夫の声が届けば一番よかったのだが。……心配しているぞ。彼もまた君の目覚めを待っている」
 離れていきかけたその声にふっと興味を引かれ、彼女は問う。
(あなたは、誰?)
 自分とジルヴェストを知っているのだろうか。
「私の名は――古代王ゾルジア」
 暗闇の中、その声は意識のより深い場所へ沈もうとするエレスティアの手をつかまえ、引き留めるかのようにそう声を響かせた。
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