天使とピュアな悪魔の君と。
「ただいま、あっくん!ごめんね、これから撮影だから!」
勢いよく玄関の扉を開けると、私は手に持っていたスクバを部屋の奥に投げる。
よし、これで靴を脱がずに現場までいける……!
「うっせー……つーか、あっくんって呼び方やめろ」
「いいじゃん、悪魔って言うよりマシでしょ?」
あっくんは、リビングの扉から出てきたかと思うと、面倒くさそうにため息をついた。
そう、彼のことをなんと呼べばいいのかわからなかったから名前を聞いたものの、彼には名前というものがないらしい。
『ナマエ?なんだそれ』なんて言ってたくらいだし……。
だから、悪魔の『あ』をとって、あっくん。
「はぁ……好きにしろ」
あくびをしながら呆れた表情をしたあっくんに、コンビニのレジ袋を押し付ける。
「ごめん、今日遅くなっちゃうから……夕飯作れないんだ。帰るのきっと、夜の10時くらいになっちゃうから……!」
「えー……」
「ごめんあっくん!」
あっくんは不服そうな表情でコンビニ袋の中身を覗く。
あっくんと暮らし始めて、数週間。一通り、定番の料理を食べた彼のお好みに合った料理は、全て私が作るもので。
『オマエの料理しか食いたくねえ』らしい……。
ありがたいことだけど……!今日はきっと作れないや……。
「まあ、お腹が空いたら食べておいてね!」
言ってから気付く。
あ、そっか。悪魔って、お腹が空かないんだった。
今まで、お腹が空くわけじゃないのに自ら好んで私の料理を食べてくれていたんだ、と再確認できると、心がじんわりとあったかくなった。
「わぁーったから、急いでんだろ」
「ほんとだ、もうこんな時間……!」
私は、見送ってくれるあっくんに手を振ったあと、慌ただしく家を後にした。