緋色の徴(しるし)・改訂版・リリカとサリエル 魔法の恋の行方シリーズ

魔女の困りごと

<魔女の困りごと>

結婚式から、数週間後の夕方だった。
天使長のグルシアは、自分の住処である郊外のマンションの402号室の鍵を開けた。

彼はニンゲン界では、大学教授であり、比較宗教学の講義をしている。
今回は学会出張だったが、一本前の飛行機に乗れたので早く帰ることができたのだ。

「ただいま、サンドラ」

ドアを開けた途端に、アップルパイの香りがする。
甘くカラメルの少し焦げた香りは、幸福の香りだ。

最近のアレクサンドラは、お菓子作りにはまっていて、焼き菓子をよく作っている。
作りすぎた時は、隣の教会にいるサリエルにも、おすそ分けをしているらしい。

グルシアは、玄関に華奢なピンヒールのサンダルが置いてあるのに気が付いた。

誰か来ているのか?


グルシアが、靴を脱ごうとバックを置いた時、
「おっかえりーーー!速かったね!!」

アレクサンドラがリビングから、ウサギが穴から外をのぞくようにひょこっと顔だけ出して、出迎えた。

ツインテールがのゆれる新妻の可愛らしいしぐさに・・・グルシアの頬がゆるんだ。

「今、誰か・・・来ているの?」
グルシアの問いに、アレクサンドラはしばし目を宙に向け、迷っていたが

「うん、ちょっとね。友達の相談事があってさ、話を聞いていたとこ。
でも、ちょうどよかった。ダーリンにも一緒に聞いて欲しいな」

「そう、誰なの?あと、これお土産ね」

グルシアは手提げの袋をアレクサンドラに渡して、上着を脱ぎながらリビングの扉を開けた。

そこには・・・誰もいなかった。
テーブルにはアップルパイ、飲みかけの紅茶があるだけだ。

強いシナモンとジンジャーの刺激的な臭い・・!

「魔界の者かっ!!」

グルシアは、すぐに指先から黄金の長剣を出して、急いでベランダに出たが、誰かいる気配がない。

アレクサンドラはあわてて、グルシアの背中のワイシャツを引っ張った。

「ちゃうよーー。魔女だけど、今日は相談で来ただけだから」
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