冷酷弁護士と契約結婚
その日は朝から忙しい。

出かける前に鈴音の新しい家具と、コーヒーメーカー以外何もないキッチン用品をネットでオーダーし、

なんと午後には配達設置されるらしい。

その間アパートへ涼介と貴重品を取りに行き、その後モールにあるブランド店へ向かった。




この店は涼介がよく利用し、鈴音が着ているワンピースもここのブランドだ。

40代の店長らしき人に個室へ通される。座り心地の良い革張りの椅子に座ると、

タイミングよく従業員がコーヒーと一口サイズのチョコレートを運んできた。

「伊集院様、今日はどのような品をご所望でしょうか?」

「彼女に必要な物全て揃えたい。ここには化粧品もあるのか?」

「はい、基礎化粧品からお揃え出来ます」

鈴音は個室の中にある試着室へ案内され、女性従業員に渡されるものを次から次へと試着した。

終わるともうすでに会計は済んでいたらしく、次の店であるStephanie & Coへ。

ここは有名ジュエリー店で、常に『女子のあこがれ結婚 & 婚約指輪トップ3』に入っている。

ここでも個室に案内されるVIP待遇。前もって涼介が連絡を入れていたらしく、

ローテーブルには黒いベルベットトレイに結婚指輪と婚約指輪の数々が並ぶ。

「気に入ったものがあったら言いなさい。なかったら他の物を持ってきてもらうから」

涼介は鈴音に選ぶよう促す。

(さっき沢山お洋服も買ってもらったのに。契約結婚だから婚約指輪要らないよね?

それにこんな高価な物、無くしそうで怖くて着けられないよ......)

「あ、あの先生......結婚指輪だけで十分です」

小声で涼介に伝える。

「いいから両方選べ。俺に恥かかせるな」

あの冷たい目で睨まれると、何も言えなくなってしまう。

(どうしよう......)

鈴音が悩んでいると、年配の従業員が助け舟を出してくれた。

「お嬢様は小柄で華奢でいらっしゃるので、このような小ぶりの愛らしいデザインなどお似合いかと思いますが、いかかですか?」

結局勧められた指輪に決まり、涼介が鈴音の左薬指に婚約指輪をそっとはめる。主張過ぎない大きさのオーバルカットダイヤの指輪は

鈴音のほっそりした指によく似合っている。美しい輝きを放つダイアに反して、

なぜか鈴音の心は暗く重い感情で埋め尽くされていた。





帰宅後フォルダを手にした涼介ら結婚の契約内容について説明を受ける。

「これが契約内容だ。あまり多くはないが、最低限の事が記されている。一つずつ説明していく」


*契約期間は一年毎更新

*離婚の際、慰謝料として、涼介所有のマンションの一つを鈴音に譲渡

*仲の良い夫婦を演じる

*仕事関係のパーティー等は夫婦で参加

*生活費は涼介が負担

*お互い名前で呼び合う

*体の関係を強要しないが、夫婦らしく見せるスキンシップはオーケー

*同じベッドで手をつないで寝る

*契約期間中は一切の不貞を認めない

*お互いが認めた相手以外この契約結婚について他言無用


「俺は不貞を絶対許さないからな、たとえ契約結婚でも。今更だがお前恋人は?」

「い、いません」

「今まで男と付き合ったことは?」

「......ありません」

俯き真っ赤になり小声で答える鈴音に、涼介は満足気にうなずいた。

「もしお前が抱いてほしいなら、いつでも抱いてやる」

口のあたりに意地の悪い笑みを浮かべる涼介。

「せ、先生は好きでもない私と、その、そういうこと出来るのですか?」

「あのな、男は出来るんだよ。単なる性欲処理だ。俺の今までの相手もそうだったからな」

戸惑っている鈴音に続ける。

「お前を無理矢理どうこうするつもりはないから安心しろ。面倒な浮気もしない。

ただ俺だって性欲はあるから、したくなったら言ってくれ」

「わ、私は好きな人としかしません!」

「まぁ、いつまでそう強がっていられるか。お前も所詮他の女たちと同じで、俺を欲しがるんだよ、遅かれ早かれ」

首を横に振る鈴音に、涼介は嘲笑するように鼻で笑った。





翌日、緑の多い住宅街にある涼介の実家へ結婚挨拶に来ていた。

実家には祖父母の伊集院大介《いじゅういんだいすけ》と菊乃《きくの》、父である圭介が住んでいる。

由緒ある伊集院家と比べ、ごく普通のサラリーマン家庭で育った鈴音は、反対されると緊張していたが、

みんなが喜んでくれたので安心した。

「いや~、お相手が吉岡さんだったとは!しかも結婚に全く興味がなかった涼介の一目惚れだって?

こんな奇跡が起きるんだな~。父さんは嬉しいぞ。

吉岡さんは会社での評価も高かったし、優しくていい子だって聞いていた」

「案件を俺に任せてくれた親父には感謝している......

一昨日出会ったばかりだけれど、こんな気持ちになるなんて。

鈴音の事守ってあげたいんだ。逃げられないうちに早速プロポーズしたんだ。

それと丁度空いている俺の秘書のポジションを鈴音にやってもらう。元々秘書だったし」

鈴音を愛おしく見つめ、指を絡めながら涼介はみんなに言った。 彼女はただ恥ずかしくて、真っ赤になった顔を俯く。

(どうして平然とそんな嘘つけるの?)

伊集院家みんなの優しさがうれしい反面、そんなみんなを騙している罪悪感で鈴音の心はいっぱいだった。

(いつか私たちは離婚するのに。それにあんなにスキンシップしなくても......

これは愛のない契約結婚で涼介さんは演技をしているだけ。分かっているけれど、

勘違いしてしまっている自分がいる。どうしたらいいの?)





実家から戻り、次はスカイプでアメリカにいる鈴音の両親に、結婚の挨拶をした。

初めはとても驚いていた両親だが、鈴音のストーカーの件と涼介の誠意ある姿に娘を任せられると喜んでくれ、結婚を許した。
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