0.0001%の恋
 月曜日。一刻も早く深山さんに謝罪をしようと、早めに出社してシステム部を覗いてみる。

「深山さん、おはようございます」

 既に仕事を始めていた様子の深山さんを見つけ、なんとなく声を落として挨拶をした。

「ああ、亜子ちゃん!おはよう!」

 田中さんや兄のことで気まずい雰囲気になるのを覚悟していたが、いつもと変わらぬ様子の深山さんにとりあえずほっとする。

「お仕事中にすみません‥‥あの‥‥金曜の食事代のことなんですけど、私が奢るってお誘いしたのに、奢るどころか1円も支払わずに帰ってしまって‥‥本当ごめんなさい。‥‥会計、おいくらでした?」

「食事代のことは気にしなくていいよ。そんなことより、飲ませ過ぎちゃったのかと心配してたんだ。あの後大丈夫だった?」

「それは全然大丈夫です。ただ判断力を失う程酔ってしまったことが恥ずかしくて‥‥本当、ご迷惑をおかけしました。いずれにしても、これじゃお礼にならないので、食事代だけでも払わせて下さい」

 謝罪とお願いの意味を込めて私が頭を下げると、深山さんがそれを慌てて止めにかかる。

「いやいや、そんな大袈裟な話じゃないからもう謝らないで?実は俺も結構酔ってて、ちゃんと金額おぼえてないんだ。カードで払ってるしレシートもなくしちゃって。だから‥‥今回はただの飲み会ってことで、お礼はまた改めてしてもらってもいいかな?」

 深山さんの優しい嘘が身に染みる。今回はありがたくその申し出を受け入れさせてもらうことにしてしまおう。

「じゃあ、今回はお言葉に甘えさせてもらいます。金曜はご馳走様でした。でも絶対、改めてお礼をさせて下さいね?」

「うん。楽しみにしておくよ。今日は打ち合わせはなかったよね?今日もマクロの勉強するでしょ?仕事が終わったらまた連絡して?」

「はい!ありがとうございます!」

 深山さんの『結構酔ってた』には『あの日見たり聞いたりした内容もおぼえてない』という設定が盛り込まれていたらしく、彼がそれについて触れてくることは一切なかった。おかげで仕事にも勉強にも支障が出ずに済んでいる。

 その後もほぼ毎日顔を合わせ、一緒に過ごす時間が激増した私達は、よく2人で食事をするようになっていた。奢ったり奢られたりで、きちんとお礼ができてるのかはよくわからない。

 深山さんとの会話は仕事や勉強の話がほとんどで、女子会とは違う楽しさがあっていい。男女間での友情は成立するか‥‥なんて考えてみたことはなかったが、私と深山さんの関係は単なる同僚の枠を越え始めていた。
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