0.0001%の恋

推しとランチ

 田中さんにランチに誘われてしまった。田中さんと仕事をするようになって半年以上になるが、こんなことはじめてで浮かれてしまう。

 いや、話の続きをしたいって言ってたし、これはあくまで仕事の延長。浮かれ過ぎてはいけない。落ち着け、落ち着くんだ、私。

「昼食はいつも移動中に軽く済ませてしまうので、あまりこの辺の店に詳しくないんです。橘さん、おすすめの店はありますか?」

 ランチタイムはどこも混雑してるだろう。でも仕事の話をするならあまり騒がしくない店がいいだろうか‥‥

「前に打ち合わせで使ったことのある店が近くにあるんですが、そこならすぐに入店できるかも‥‥空きがあるか確認してみますね?ランチにしては少し値段設定が高めなんですけど、味も悪くなかったし、そこでもいいですか?」

「はい、すぐに入れるならその方がいいです」

 直接問い合わせした方が早くて確実だと思い電話してみると、半個室に空きがあった。財布をとりに自席に寄らせてもらい、そのまま2人で店に向かう。

 話の続きといっても私の話はほとんど済んでいたので、料理がくるまでの間に田中さんから説明を受け、仕事の話は終了してしまった。田中さんと食事ができるなんて私的にはラッキーだが、なんだか申し訳なくてうしろめたい気持ちになる。

「田中さんはお忙しい方なのに余計な時間をとらせてしまって、なんかすみません」

 そう謝罪しながら、野菜と肉がたっぷり挟んであるサンドイッチにかぶり付く。これ以上田中さんの時間を無駄にしたくないから、急いで食べないと。美味しいけれど食べづらい。別のものにすれば良かった。

「いや、橘さんと話したいと思ってたし、ちょうど良かったです」

「話‥‥ですか?」

 お行儀が悪いと思いつつ、モグモグしながら口を手で押さえて返答した。まだ料理がきていない田中さんに食べる姿を観察されているようで恥ずかしい‥‥すすめられるまま食べ始めてしまったが、料理が揃うのを待つべきだった。

「橘さんのそれ、美味しそうですね?」

 突然の話題転換に意表を突かれるも、今度はちゃんと口の中のものを飲み込んでから、紙ナプキンで手と口を拭きつつ受け答えをする。

「ええ、ちょっと食べづらいですけど、ローストビーフが凄く美味しいです」

「へえ、俺もそれにすれば良かったかな」

「こっちはまだ手を付けてないので、よろしければ食べてみますか?」

「え?いいの?なんか得した気分だな」

 私の提案を喜んでくれてるみたいだし、いいタイミングで田中さんの料理が運ばれてきたので、店員さんに取り皿をお願いする。

「ああ、ならこっちも取り皿をお願いできますか?せっかくだからシェアし合いましょう」

 お気づきだろうか‥‥田中さんが自分のことを『俺』と言っていた。何それ。萌える。しかもシェアって。興奮が顔に出ていないことを、今はただただ祈るしかあるまい。
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