0.0001%の恋

コンサルの田中さん

「子供のこともあるし、女の適齢期なんてあっという間に過ぎるのよ?本当にそろそろ真剣に結婚のこと考えないと‥‥」

 せっかく話題を変えたのに、また結婚の話に戻ってしまった。

「本当に大丈夫だから」

 面倒過ぎて声に苛立ちが混ざってしまうのはしょうがないと思う。この手が二度は通じないことも学習済みなのだ。

「もう!すぐそうやって大丈夫大丈夫って言うんだから!」

 botかな?って程毎度お馴染みの流れだな。

 火に油を注ぎたくないので、ため息は飲み込んだ。同時に残りのご飯も飲み込んで、大急ぎで席を立つ。

「ごちそうさまでした!美味しかった!洗い物はあとでやるから置いといて!先にお風呂入ってくる!」

 この流れには、最早逃げの一手しかない。

「はああああー‥‥」

 湯船に浸かり、さっき飲み込んだため息を吐き出した。

 家族の心配をするのが母の仕事で、母は母で色々ストレスもあるんだろう。それが分かってるから、母の小言は甘んじて受け入れるようにしている。でも、私にだってそれなりにストレスはあるのだ。全部は受け止めきれない。

 田中さんだったら、母とのこんなやり取りもスマートに受け流しちゃうんだろうなー。本当にかっこいい。かっこよ過ぎる。本当好き。

 確かにはじめは田中さんの見ための良さにクラっとした。色白で黒過ぎない茶色の髪は多分地毛なんだと思う。センターで分けられたその髪は、軽くパーマが掛かっているのか、ウェーブを上手く利用していつも綺麗にセットされている。背が高く痩せ型ではあるが、スーツの着こなしから察するに、それなりに筋肉が付いているのだろう。目鼻立ちは当然のように整っていて、キラキラの出所は多分目だ。田中さんは完璧過ぎて、まるで少女漫画から抜け出してきた王子様のようだった。

 こんなの、メロメロにならない方が難しい。

 だがプロジェクトが実際に動き出した時、田中さんの魅力が更なる進化を遂げたのだ。

 コンサルとしてプロジェクトに参加している田中さんは、ファシリテーターを務め、その能力を遺憾なく発揮した。

 うちの会社は、規模的に中小企業の枠からははみ出していても、誰もが知ってる大企業とは違う。それなりに歴史の長い企業だが、よく言えば堅実、悪く言えば閉鎖的で、かつ前時代的なのだ。

 そんなわが社も時代の流れには逆らえない。

 結婚を機に常務となった兄が、遂にデジタル化の推進に動き出し、満を持してやってきたのが田中さんなのである。

「でぃーえっくす?何それ?美味しいの?」

 そんなお爺ちゃん達に囲まれているにも関わらず、田中さんが動じることは一切ない。神々しい程の空気感の中、会議は穏やかに進行されていった。
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