0.0001%の恋

真犯人

 ピン留めされた亜子ちゃんと田中さんに関する書き込みは、経理部長のパソコンから発信されたものだった。しかも時間は夜の9時過ぎである。

 監視カメラの映像は、上書きされた分が全て復元された状態で戻ってきたため、ひと月前の映像も見られるようになったのだ。

 ホワイト企業であるこの会社は、余程のことがない限り、遅くまで残業している社員は稀である。9時ならほとんどの社員が帰宅済みだろう。書き込み後に経理部から出てくる人物はいたとしても数人、容疑者をかなり絞りこむことができるはずだ。

 コピーしておいた監視カメラの映像を、書き込みがされた日の9時から再生する。

 人の出入りがないまま、しばらくすると経理部の電気が消され、中から女性が出てきた。廊下の電気はついたままなので、はっきりと顔が判別できる。

 彼女は確か、木村さん。俺よりいくつか年上で、派手さはないが至って真面目な人だと記憶している。そんな彼女が何故こんなことをしたのか‥‥まさか常務の件も彼女の仕業なのか?

 木村さんの印象は決して悪くない。真面目で賢く仕事ができるので、彼女に頼る社員も少なくないのだが、控えめな性格が仇となって正当な評価が得られていないのでは?と感じる。

 そんな彼女が常務の不倫疑惑をばらまくようなことをするだろうか?その結果を想像できない人ではないはずだ。

 いや、彼女だからこそ、犯人を経理部に絞らせないよう、監視カメラが上書きされる半月後を待って送信予約をしたとも考えられるのか‥‥

 だが、会社に多大な損失を負わせるリスクを犯してまでやるべきことだとは、どうしても思えない。思考が完全に行き詰まった。裏サイトの件と一緒に、このことも社長に委ねよう。

 翌日。昨夜判明した事実を社長に報告しに行くと、すぐさま経理部長と木村さんが呼び出され、社長直々に聞き取りが始まった。

 被害者だった亜子ちゃんも社長室に呼び出されたというし、ほぼ黒で確定の木村さんに対して配慮なんてものは存在しないのだろう。

 俺が裏サイトの存在を明かし、亜子ちゃんに関する書き込みが木村さんの仕業である証拠を突きつけると、木村さんが盛大に泣き始めた。

「私、以前から深山さんのことが好きだったんです。なのに橘さんと噂になってたから、やっとの思いで諦めたのに‥‥今度は田中さんまで!私が好きになる人ばかりと仲良くしている橘さんが、どうしても許せなかったんです!」

 過去形とはいえ、突然告白された俺は言葉を失った。社長達も、突然キレ始めた木村さんに動揺を隠しきれていない様子である。

「常務の件も、私が脅されてやりました。あの書き込みをした日、秘書室の田原さんに退勤するところを見られてたんです。掲示板のことや部長のパソコンを不正に利用したことが公になれば、クビもあり得るって‥‥私、怖くて‥‥」

 彼女が田原さんに画像を渡されて経理部長のパソコンから一斉送信するよう指示された、というのがこの事件の全貌だった。

 実行犯は木村さん、真犯人は田原さんで確定した。
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