0.0001%の恋
 橘さんとは週に一度の定例会議で顔を合わせるだけの関係だ。そのことに少しほっとしている自分がいる。

 先週の橘さんとのランチに下心は全くなかった。なのに一歩会社を出た途端、俺は橘さんによる『かわいい』の波状攻撃で滅多打ちにされてしまった。

 正直、橘から彼女のことを聞いた時は『かわいい』にあまりピンときてなかった。会議中の橘さんは真面目で真摯に仕事に取り組んでいるので、そのかわいさはなりをひそめていたらしい。

 橘さんから受けたダメージが、時間差でジワジワ広がっているのを感じていた。

 サンドイッチにかぶりつく橘さんや俺にからかわれて顔を赤くする橘さんをふとした時に思い出しては顔が緩んでいる自分に気づいて頭を抱える。

「まじか‥‥」

 プロジェクトはここからが正念場なのだ。橘さんは販売系のシステム改善において要ともいえる人材である。その彼女にこんなよこしまな気持ちを抱いていたら、まともに仕事ができなくなるんじゃないのか?

 そもそも橘がおすすめだとか紹介するとか言うから、変に意識してしまったんだ‥‥

 いや、少し意識してしまっただけで、別に橘さんのことが好きとかそういうのじゃない。10代のガキじゃあるまいし、この程度で仕事に支障はないはずだ。大丈夫、何も問題ない。

 橘さんとランチに行ってからの1週間で俺はそんなことを考えて悶々としてたのに、当の本人が涼しい顔で会議室に現れた。

 会議の前にお茶の準備をしてくれている橘さんに、動揺を気づかれないよう冷静を装って挨拶する。

「橘さん、おはようございます」

「おはようございます」

 お茶を置いて挨拶を返す橘さんはいつもと同じように微笑んでいるのだが、何故か違和感があった。

 この違和感はなんだろう?俺が意識し過ぎているからか?それとも先週のランチで見せてくれたかわいい表情じゃないと物足りなくなってしまった?

 パソコンの画面を見てる振りをして違和感について考えを巡らせる‥‥いや、これから大事な会議だというのに、俺は一体何をしてるんだ。

「皆さんお揃いですかね?それでは会議を始めましょう。先週の続きになりますが‥‥」

 頭を切り替え会議に集中する。もう10年以上社会人としてやってきたのだ。プライベートを引きずって仕事に支障をきたすようなミスはおかさない。

「うーん‥‥この部分を新しいシステムに引き継ぐんですよね?だったらこっちのデータも必要になりませんか?橘さん、どう思います?」

「そうですね‥‥」

 この場で業務について一番詳しいのは橘さんだった。彼女の同僚である他のリーダーも詳しくはあるのだが、質問の意図を理解して欲しい解答をくれるのはダントツで橘さんなのだ。

 説明を続ける橘さんを見ていて不自然な程彼女がこちらを見ないことに気がついた。

 ああ、なるほど。さっきの違和感はこれだったのか。いつも視線を合わせて話をする橘さんと、今日は一度も目が合っていない。もしかして、彼女は俺を避けている?
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