0.0001%の恋
 いざ謝ろうと思ったところで、俺は橘さんから避けられていることを思い出した。

 人がいるような場所では話せないし、外で会うにしてもその約束すら取りつけることができない。橘を通せば即断られるのが目に見えている。

 そんなことをウダウダと考えてる間に、最終日を迎えてしまった。打ち上げの場で橘さんが抜けることが発表され、ひと通り挨拶を済ませた彼女が早々に帰り支度をしていることに気がついた。

 普段別のフロアで仕事をしている橘さんとは会議以外で会う機会はなかった。会えるのは今日が最後かもしれない‥‥焦った俺は橘さんのあとを追い、店を出ようとしている彼女を呼び止めた。

「橘さん!」

 振り返った橘さんは俺を目にすると明らかに動揺し、周囲を警戒した。

 打ち上げは始まったばかりで誰も席を立っていないのは確認したつもりだが、ここは会社近くの居酒屋だ。俺の知らない社員がいてもおかしくないのかもしれない。そんなことにも気づけない馬鹿過ぎる自分に唇を噛みしめる。

「亜子ちゃん?どうかした?」

 後ろから声がして振り返ると、そこにはシステム部の深山さんがいた。

「ごめんなさい!ちょっと急いでるので!失礼します!」

 橘さんは俺と深山さんに頭を下げると、逃げるように店を出て行ってしまった。

「田中さん?橘さんに何かしたんですか?」

「いや、橘さんには凄くお世話になったし、最後にちゃんとお礼を言いたくて‥‥」

 深山さんは疑うようにこちらを見て、大きく息を吐き出すと、おもむろに話し始めた。

「田中さんは社外の人だから噂のこと知らないかもしれませんけど、橘さんは田中さんと食事に行ったことが噂になって今も社内で悪女扱いなんです。その噂がきっかけで俺まで避けられるようになって‥‥」

 深山さんが飲み込んだ言葉は、おそらく『迷惑だ』だろう。内心の苛立ちを隠したまま深山さんがその噂について話してくれた。

 橘から噂の内容まで聞かされていなかった俺は、その内容を聞いて驚愕した。

『若作りで有名な営業のぶりっこお局が、コンサル王子とシステム部の深山さんを手玉にとって悦に入っている。まじでうざい。自分はもてると勘違いしている様は、見てるだけでも痛々しい』

 俺と橘さんは一度食事をしただけだ。それもランチでほんの数十分。それ以外は清々しい程に仕事でのやり取りしかしていない。それがどうしてここまで酷い言われようなんだ!?

「田中さんは絶対に女性の誘いに応じない、難攻不落のコンサル王子ですからね?元々親しくしていた俺との噂なんかぶっ飛ぶくらい女性達の怒りをかったんですよ」

 橘が『見ためが良過ぎるのが悪い』と言ったのはこれが理由か‥‥

「もて過ぎるのも大変ですね‥‥まあそういうことなんで、今後社内で橘さんを見かけることがあっても、そっとしておいてあげて下さい」

 そう言って深山さんは打ち上げの席に戻っていった。
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