0.0001%の恋
 その後も続いた質問に、田中さんはひとつひとつ丁寧に答えていった。納得を得られなければ、逆に質問を返すことで、相互の理解を深めていく。この手の会議では偉い人ばかりが発言しがちだが、若い層からも質問が出やすいような配慮も見受けられ、『絶対にわかった振りは許さない』‥‥そんな気迫すら感じさせる程の質量の濃さだった。

「お前さん、顔に似合わずしつこいな?」

 山崎さんが『もう参った』と言わんばかりの顔で泣きを入れ、その日の会議が終了する。

「それ、最近よく言われます」

 そう言ってノートパソコンを片付けながら思わせ振りな笑顔を繰り出す田中さんは、控えめに言って最高過ぎた。待ち受けにしたい。ワンモア笑顔。

 終着点は『田中さんの笑顔、プライスレス』みたいな感じになってしまったが、この時の会議は、私に強い衝撃を与えた。

 『デジタルトランスフォーメーション』なんてカタカナのお化けみたいなワードに、私は密かに拒絶反応を示していた。

 仕事でパソコンは使っていてもそれはあくまでユーザーとしてであり、自分が新しいシステムの立ち上げに携わることになるなんて、これまで考えてみたことすらなかった。

 はっきり言って私のレベルはお爺ちゃん達と大して変わらない。正直、田中さん目当てで参加したと言っても過言ではない程にやる気のなかった私が、その会議が終わる頃には『もしかしたら私でもできるかも?』と感じ、その夢と希望に溢れた内容に『実現させてみたい!』と胸を踊らせていた。

 それは決して私が田中さんに夢中になってるからではない。あの場にいた多くの人が、おそらく私と同じ感覚を味わったはずだ。

 田中さんの話はもの凄く聞きやすい。それでいて人を引き付ける力強さがある。内容を腹落ちさせるため、易しく噛み砕いた言葉で何度でも説明を繰り返すその粘り強さは、まさに脱帽ものだった。

 私の所属は営業部だ。入社後に配属されてから、既に6年営業事務を続けている。当然周りは営業だらけで、口が立つ人の多さは他部署とは比較にもならないだろう。

 でも、営業部が束になってかかっても、田中さんの話術には敵わない気がする‥‥生まれ持った才能、地頭の良さ、経験値、そこに勤勉さが加われば、向かうところ敵無しである。

 それら全てを持たない私が、田中さんに強い憧れを抱いてしまうのは必然だ。多分、田中さんがイケメンじゃなかったとしても、結果は同じだったと思う。まあ、田中さんはイケメンなので、その効果が増し増しになったことについては、疑う余地はないと断言しておこう。

 会議中の田中さんは、本当にかっこいい。

 犬猫や赤ちゃんの動画より、会議の録画を見返す方が癒される。同時に勉強にもなって、これぞ一石二鳥。カワイイが正義なら、イケメンだって正義なのだ。
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