0.0001%の恋

チャンス到来

 亜子ちゃんが秘書室に異動して、びっくりする程接点がなくなってしまった。

 勉強会がなくなってもプロジェクトの関係で週に2~3回は会えていたのに、今は同じフロアにいるはずが、見かけることすらなくなったのだ。

 打ち上げの日、挨拶を終えて早々に帰ろうとしている亜子ちゃんを追うようにして席を立った田中さんに気づき、俺もそのあとを追った。

 例え悪意はなくても、田中さんが下手に動くことでまた亜子ちゃんが傷つくのは見過ごせないと思ったから。

 噂のことに関して田中さんに非がないのはわかっていたが、そのせいで亜子ちゃんとの距離が開いた事実は変わらないし、正直恨んですらいた。

 それもあって亜子ちゃんが逃げるようにして去った後、俺は嫌味を交えて『もう亜子ちゃんに近づくな』と釘を刺すようなことを田中さんに言ってしまった。

 今後も仕事で関わらなくてはいけない相手なのに、嫉妬でおかしくなった俺は本当に馬鹿なことをしたと思う。

 亜子ちゃんの想い人である田中さんに酷いことを言った俺は、ばちが当たったのかもしれない。亜子ちゃんに会えなくなったのは、きっとそのせいだ。

 亜子ちゃんが抜けたことでプロジェクトの進捗も明らかに悪くなったし、色々なことがうまくいかなくなったと感じる。

「亜子ちゃんに会いたい‥‥」

 思わず漏れ出た呟きを、同僚に拾われた。

「おいおい、まじかよ。お前、大丈夫か?」

「全然駄目。もう生きる意味がわからない‥‥」

「なんだよそれ、やばいな。亜子ちゃんて、確か秘書室に異動した社長の娘だろ?役員室と秘書室の端末、ソフトの入れ替えする予定なんだけど、彼女に会いたいなら代わりにやるか?」

「やる!」

 亜子ちゃんに会うだけなら役員室の方まで渡されるのは悪意を感じるが、この際贅沢は言ってられない。久し振りに亜子ちゃんに会えるなら、面倒な作業も喜んで引き受けよう。

 そして翌週、俺は実に数ヶ月振りに亜子ちゃんとの対面を果たした。営業部にいた頃よりも少し落ち着いた雰囲気で、高嶺の花感が増した気がするのは勘違いだろうか。

 亜子ちゃん達と軽く挨拶を交わし、室長の大前さんにスケジュールを確認してもらって、どこから作業するかを相談する。留守の多い役員室から始めて、パソコンの使用頻度の高い大前さんと亜子ちゃんの端末は、最後に作業することが決まった。

 作業の合間で亜子ちゃんと話をするチャンスはあるだろうか?

 一時は凄く親しくしていたのに、今は何を話せばいいかもわからない程距離ができてしまった。それこそ、こうして何か理由がなければ会うことすらできないくらい。

 この開いた距離はもう縮められないのかもしれない‥‥久し振りに会ってみたら、その思いがより一層強くなった。
< 60 / 76 >

この作品をシェア

pagetop