0.0001%の恋

告白

 ソフトの入れ替えで今日は朝から深山さんが秘書室を出入りしていた。

「こうして話すの、本当久し振りだね。元気そうで良かった」

「はい。突然営業部から抜けることになってしまってご迷惑をおかけしましたが、おかげさまで元気にやってます」

「同じフロアにいるからすれ違うことくらいはあるかと思ってたんだけど、意外と会えないもんなんだね?」

「いや、ほら、このフロアは経理部もあるじゃないですか?私、木村さんによく思われてないみたいだし顔を合わすのはさすがに気まずいので、あまりうろつかないようにしてるんです」

「ああ、なる程。確かにその方がいいかもね」

 夕方になって私のパソコンの入れ替えが始まり、作業をしながら深山さんが以前と変わらない雰囲気で話しかけてくる。

 ほんの数ヶ月前までは毎日のようにこうして話していたのだ。噂のせいで距離を置くことになったが、実際に何かがあったわけでもない。

 あの時も態度を変えないでくれた数少ない人のひとりだったのに、結果的に避けるようなことになってしまって今更申し訳なく思う。

「マクロは結局あれっきりになっちゃった?」

「ええ、そうですね。しばらくは勉強を続けてたんですけど、ここではパワポばっかり使ってるんで、自然とやらなくなっちゃいましたね」

「そっかー。惜しい気もするけど新しい仕事もあるし、そりゃそうなるよねー。秘書の仕事にはもう慣れた?」

「はい。皆さんによくしてもらってるので‥‥」

「深山君、定時までには作業終わりそう?」

 話をしている途中で父が突然現れて、私達の会話に乱入してきた。

「え?あ、はい。あと少しで終わる予定です」

「亜子、そしたらこの後3人で飯でも食べに行こう。深山君には世話になったからお礼がしたいと思ってたんだ。前に勇樹と行った店に連絡して予約しといてくれないか?」

 あまりにも強引な父の誘いに私は慣れているが、深山さんは動揺しているようだった。

「ちょっとお父さん、そんな急に言われても深山さんびっくりしちゃってるじゃない。なんかすみません。深山さん、この後ご予定は?」

「予定?あ、予定は何もないです。大丈夫‥‥」

「それなら凄く美味しいお肉が食べられるお店なんで、良かったらどうですか?」

「あー‥‥はい、嬉しいです」

 社長からの誘いを断れるわけもなく、深山さんに無理をさせているかもしれない。申し訳ないが、もうしょうがないだろう。

 すぐに個室で予約を取り、深山さんの仕事が終わるのを待って3人で店へと向かった。

 父は社用車で通勤しているので、私が助手席に座り、父と2人で後部座席に座った深山さんは居心地が悪そうで‥‥もう本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 お腹いっぱいいい肉を食べてもらって許してもらうしかあるまい。
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