0.0001%の恋
「ん?亜子さんどうしたんですか‥‥って‥‥え?ちょっと!?田原さん!?何やってんの!?」

 給湯室に入ってこようとする伊東さんを止めたくて、必死にジェスチャーで田原さんの手元のナイフに目線を向けさせるが、伊東さんは逃げるどころか威嚇し始めてしまった!?

 ナイフはこちらを向いてるが田原さんは伊東さんに気をとられている。今の内に何か武器か防御になるものはないか辺りを見回すと、冷蔵庫の上に少し大きめなトレイがあった。

 気づかれないように取れるだろうか‥‥私の様子に気づいた伊東さんが田原さんを更に煽り始める。確かに凄く助かるけど、危ないから本当もうやめて‥‥

 取れた!と思ったらトレイに何か乗っていたらしく落下と同時に大きな音が響き渡った。田原さんが振り返り、ナイフを持った手がこちらに伸びてくるのが目に入る‥‥

「いやーーーー!」

 必死で持っていたトレイを振り落ろし、まるで田原さんを扇ぐように、叫びながらその動作を繰り返した。多分目も瞑っていたと思う。

 初手の一撃で田原さんはナイフを叩き落とされていたらしい。伊東さんの叫び声で人が集まり出しており、田原さんは誰かに羽交い締めにされ、給湯室から引きずり出された。

「亜子さん!大丈夫!もう大丈夫だから!」

 伊東さんの声でようやく目を開けた私は、ようやく状況を理解した。伊東さんが私からトレイを奪い、抱きしめて背中を擦ってくれる。

「こ、怖かった‥‥」

 足の力が抜けて伊東さんに抱きしめられたままその場にへたりこむ。

「亜子さん大丈夫?怪我はない?」

「うん、大丈夫。多分、大丈夫‥‥」

 給湯室の外から田原さんの叫び声が聞こえたが、その声は徐々に遠ざかっていく。おそらくどこかに連れていかれたのだろう。

「亜子さん、おでこ腫れてます。服もびしょ濡れだし、とりあえず医務室に行きましょう?」

 言われてみたらおでこが痛い気がする。伊東さんに連れられて医務室に向かったが、念のため病院で診断書を出してもらうことになり、その日はそのまま帰宅した。

 おでこは軽い打撲で済んだ。でももしナイフでの攻撃を避けきれなかったら、こんな怪我では済まなかっただろう。

 多分田原さんは正気を失っていたと思う。あの事件の後総務に異動した田原さんがどう過ごしていたのか、秘書室に籠っていた私は何も知らない。

 田原さんは正気を失うような環境にいたのだろうか?同僚を脅迫し会社に不利益を与えるようなことをしたのだから自業自得と言えなくもない。でもざまあみろとまでは思えなかった。

 こんな騒ぎを起こしてしまって、田原さんは今後どうなるんだろう‥‥
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