0.0001%の恋
 あくまでも業務外の個人的な相談になってしまうが、おすすめの教材や勉強方法のアドバイスをもらう位なら許容範囲だろう。

 システム部は会議室や応接室と同じフロアにあって、役員室もあるそのフロアは部署ごとにパーテーションで仕切られている。外部の人間が出入りすることも多いからか高級感のあるデザインではあるものの、閉塞感があって少し息が詰まる。

 システム部を覗いてみると、数人の社員がパソコンに向かって黙々と作業をしていた。その中にお目当ての人物を見つけ、無駄足にならなくてホッとする。

「深山さん、お疲れ様です。あのー、急ぎじゃないんで時間ある時で構わないんですけど、少し相談にのってもらいたいことがありまして」

「おー亜子ちゃん、お疲れ。話なら今聞けるけど、何?どうかした?」

 彼は深山聡(みやまさとる)さん。

 システム部所属の彼とは、今はプロジェクトで一緒に仕事をしている。週一で開かれる定例会議だけではなく事前の打ち合わせ等もあるので、最近週に2~3回は顔を合わすようになっていた。

 年齢は2歳上だが、深山さんは3年前に中途で入社してるので、社歴は私の方が少し長い。でも、困った時にいつも助けてくれる深山さんは、私にとっては頼れるお兄ちゃん的存在なのである。

「先週田中さんが言ってたマクロの件なんですけど。週末自宅でちょっと勉強してみたら、全く意味がわからなくてお手上げ状態だったんです。でももう少し頑張ってみたいから、おすすめの教材とか勉強方法とか、何かアドバイスをもらえたら嬉しいなーって」

「なる程。まあ確かに、亜子ちゃんが独学でマクロを使いこなせるようになるのは、結構大変かもしれないねー」

「うう‥‥やっぱり難しいですよねえ‥‥スクールも一応調べてみたんですけど、どこも結構高くて。うちの会社じゃ補助も出ないだろうし‥‥」

「亜子ちゃんさえ良ければ、しばらくの間、仕事の後にマクロの使い方教えてあげようか?」

「え?でも、いいんですか?それはさすがに申し訳ないような‥‥」

「俺は全然構わないよ?でもそうだな‥‥今度お礼に飯でも奢ってもらおうかな?」

「そんなことで本当にいいなら、是非お願いしたいですけど‥‥」

「じゃー決まりだね!亜子ちゃんの都合がつくなら、俺は今日からでも大丈夫だよ?」

「私も大丈夫です!じゃー仕事の後に内線入れるんで、早速ですがよろしくお願いします!」

 必要に応じてできる人にお願いすればいいんだし、私がマクロを使えなくても本当は問題ない気はしている。

 でも私は、マクロで何ができるのかすら知らなかったせいで、6年も無駄な集計作業を続けていたのだ。

 勉強したところでマクロを使えるようになるかはわからない。重要なのは知らないことを減らすこと。マクロを勉強することで、見逃している無駄に気づけるようになりたい‥‥それが私の一番の目的だった。
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