失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 私は子どもだったし、ずっとお母さんに抱き締められていたから、あまり恐怖を感じずに済んだ。けれど、私を守らなければと考えていたお母さんは、どれだけ怖かったか。
 だから、母の前では私があの事件をきっかけに警察官に憧れているなんて話はできない。

「でも、貴一さんが警察官になったらいいなぁ。制服姿とか見てみたいです! 絶対に似合うし! 私を助けてくれたスーパーヒーローみたいに、困っている人のことを助けてあげてくださいね!」

 私は貴一さんの制服姿を想像してやに下がった顔をした。
 警察官になった貴一さんが、自分の警察帽をスーパーヒーローみたいに私の頭にのせてくれるところを妄想して、さらに口元がにやついてしまう。

「そうだね、瑠衣が二度と怖い思いをしないように、助けてあげるね」
「私のことも助けてくれるんですか?」
「当たり前でしょ」

 私は貴一さんの特別ではないかもしれない。
 でも、友だちに近い関係になれたと思う。もっと時間をかければ、彼の特別な相手になることだって不可能ではないはずだ。そんな日が来ることを期待してしまう。

「そういえば、小テストがあるって言ってたよね? 結果はどうだった?」
「ふふっ、じゃじゃ~ん!」
「お~すごい九十点! 店に入ってきたときからスキップしそうな勢いだったし、顔も明るかったからいい結果だったんだろうなとは思ってたけど、よかったね」
「貴一先生のおかげです!」

 貴一さんがテーブルに置いた手をがしっと掴み、「ありがとうございます!」と拝んでいると、その手を外されて頭の上にぽんと置かれた。

「瑠衣が頑張ったからだよ」

 髪をぐしゃぐしゃにかき回される。その遠慮のない手つきが嬉しくて、私の心はますます浮き立った。
 彼は乱れた私の髪を梳いて直すと、頭から手を離す。離れていく手を名残惜しく見てしまうのはいつものことだ。

「貴一さんに褒められたくて頑張ったので!」
「俺に? 俺でいいならいくらでも褒めるよ」
「じゃあ、もう一回撫でてくれます?」

 はい、と頭を差しだすが、撫でてもらえなかった。
 私が拗ねた面持ちで顔を上げると、顎に手を当てていた貴一さんが、いたずらそうに口の端を上げて笑った。

「次のテスト結果もよかったらね」
「なら頑張ります!」

 私が意気込んで言うと、貴一さんはやや苦笑気味に「瑠衣は素直だね」と返した。

「進路はもう決めてるの?」
「はい、私、幼稚園の先生になりたいんです」

 憧れの警察官への道も考えたのだが、運動能力皆無の私がなれるとは思えず諦めた。
 それならば私を守ってくれたお母さんのように、誰かの大切な子を守る仕事がしたいと思ったのだ。
 私が理由を伝えると、貴一さんは満面の笑みを浮かべた。

「瑠衣にぴったりだね」
「そう思います?」

 そう言われると恥ずかしくて、誤魔化すようにえへへと笑ってしまう。
 すると貴一さんは両手を組み、そこに顎を載せた状態で真っ直ぐに私を見た。

「うん、いつもニコニコしていて明るいし、子どもに懐かれそう」
「貴一さんだけですよ~そう言ってくれるの。拓実に言ったらね。『あ~幼稚園ぐらいの子どもと精神年齢が同じだからいいんじゃねぇの』って! 失礼ですよね~まったく」
「……そうかな。俺は瑠衣が子どもっぽいとは思わないけどな」

 ふいに真剣な目を向けられて、胸がおかしな音を立てる。
 貴一さんは目を逸らさずにじっと私を見ていた。なんだか胸の奥にある私の気持ちを見透かされそうな気がして、頬に熱が籠もる。
 どう答えればいいかわからずに黙っていると、貴一さんがさらに続けた。

「瑠衣は今でも魅力的だし可愛いよ。きっと俺と同じ年齢になったら、すごく綺麗になるんだろうなって思う」

 可愛いとか綺麗とか。そんな風に言われたら、冷静でなんていられない。私は彼の目を見ていられなくなり、俯いた。
 今の私の顔は、おそらく真っ赤に染まっているだろう。

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