失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
「ほ、褒めすぎです……っ! もっとお世辞だってわかるように言ってください!」
「お世辞じゃないし、うそもついてないよ。瑠衣は可愛い」
「べ、勉強しましょ! ね、そうしましょう!」

 私は真っ赤になった顔を隠したくて、俯きがちに通学鞄から勉強道具を取りだした。
 貴一さんの〝可愛い〟という言葉が頭の中を何度も駆け巡り、心臓がいつまで経ってもばくばくと激しい音を奏でている。

(可愛いって思ってくれてたんだ……)

 子どもっぽいとは思わない、と彼は言った。
 貴一さんから見たら四歳も年下だし、彼の周りには美人で可愛い人たちがたくさんいるはずだ。それでも、もしかしたら、ほんの少しは私を女の子として見てくれているのかもしれない。そんな期待が止められなくなりそうだ。

(あ~どうしよう、すっごい好き。好きすぎる……どうしよう)

 出会ったときから、そうなる予感はしていた。
 話してみたいと思っていただけだったのに、それだけじゃ足りなくなって、もっと会いたくて、触れてほしくて。
 頭を撫でられるだけで嬉しかったのに、出会った頃より膨れ上がった私の恋心は、それだけではもう物足りなくなってしまっている。

 その日は勉強に集中できず、何度となく貴一さんに心配される羽目になってしまった。


 初めての出会いから一ヶ月が経った六月の中旬。
 私は久しぶりに拓実とファストフード店を訪れていた。今日は貴一さんはアルバイトがあるらしく来られないようだ。

「あのね、聞いてよ! この間、ついに連絡先をゲットしたの~!」
「へぇ……ヨカッタナ」
「また棒読み~!」

 貴一さんとメッセージアプリの連絡先を交換したのは、数日前。
 前の日に「じゃあ明日」と約束していたのだが、貴一さんの予定が合わずに来られなくなってしまったのだ。
 待ちぼうけになってしまった私に申し訳ないと思ったのか、連絡先を交換しないかと貴一さんから提案してくれた。
 あまりに頻繁に連絡をしてウザいと思われたくなくて、ファストフード店に行く前に「これから行きます」と連絡するのが精々だが、彼とこの店以外で繋がれたことが嬉しい。

「もうあの男の話を聞くのも飽きたんだよ。俺が危ないって言ってんのに聞かないし」
「危ないことなんて一回もないもん」
「これからあるかもしれないだろうが。しかも、やれ貴一さんが可愛いって言ってくれただの、頭撫で撫でしてくれただの」

 拓実はため息交じりに遠い目をした。
 友人の恋バナを聞きたくない気持ちはわかる。私だって、拓実が自分の恋人を自慢し始めたら、うんざりするかもしれない。
 けど、拓実にしか話せない理由がちゃんとあるのだ。

「だってだって、拓実にしか話せないの! 友だちに話すとさ、みんないいことしか言わないから、期待しちゃうでしょ。『絶対付きあえるから告っちゃいなよ~』とか『それ好きだってことじゃん?』とかさ。私も若干そう思っちゃってるから、冷静な拓実に聞いてほしいの!」
「あ、そう」

 拓実は疲れ果てた様子で、椅子にもたれかかると、顎をしゃくり続きを促した。聞きたくないが、仕方ないから聞いてやると言わんばかりである。

「どう思う? 貴一さんも、私のこと好きでいてくれると思う?」

 予想通りの質問だったのだろう。
 拓実の口からさらに深いため息が聞こえてくる。

「俺は一回見ただけだけど、あれほどの美形なら恋人の一人や二人はいるだろうよ。ま、勉強教えてくれてるってことは、嫌われてはいないと思うが。恋愛感情のあるなしは別にして」

 拓実はそう言い切った。
 でも貴一さんは、誰から構わずに〝可愛い〟と言うタイプではないと思う。黙って立っていたってモテるのは想像に難くないし、頭のいい彼がそんな迂闊な真似をするとは思えないのだ。

「好意があっても本気じゃない。お前は遊ばれてるだけ」
「貴一さんはそんなにチャラい人じゃないと思う」
「それ、お前がそう思いたいだけだろ?」
「そうだけど!」

 私を見る貴一さんの目には、私と同じ熱が籠もっているように見える。
 頭を撫でたり、軽く頬に触れたり。そういう触れあいから彼の好意めいた感情が伝わってくる。好きでもない相手に、期待を持たせるように触れないだろう。

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