失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
(うそ、でしょ……やだ)
横道から出てきたのは、先ほどの男だったのだ。
男はにやりと笑い、私に手を伸ばす。
私はあまりの恐怖で声を出せなかったが、逃げなければならないと反射的に思ったのか、男の手から逃れるように足を前に出した。
「い、やっ……誰、か、た、すけ、はぁ、はぁ、はぁっ」
誰か助けてと、叫んでいるつもりでも、唇が震えているせいか、力ない声しか出なかった。線路沿いに戻り、どこに向かって走っているかもわからず、ひたすら足を進める。
すると、前を歩く人の姿を見つけて、喉から振り絞ったような声を上げた。
「助けてっ……お願い、助けて!」
前を歩いていた男性が何事かと振り返る。
私は恐怖のあまりなにも考えられず、男性の腕にしがみついた。あとから考えれば、私の行動こそが恐怖ではないかと思うものの、このときは頭になかったのだ。
「うわっ、ちょ……っ、どうしましたっ?」
男性はしがみつく私の身体を難なく受け止めた。
私は助けを求めるあまり、離すまいと男性の腕をぎゅうぎゅうと握りしめ、肩で息しながら声にならない声を上げる。
「男の、人……つけられっ、警察、電話して……お願い!」
「男につけられた? 周りには誰もいないみたいですが」
「そんなはず……っ」
男性はパニックになる私を宥めるためか、ゆっくりとした声で言った。
その声にどこか聞き覚えがあり、しかしどこで聞いたのかすぐには思い出せない。
「逃げたのかもしれませんね……とりあえず、見えるところには誰もいないので安心してください」
「誰も……いない? 本当ですか?」
「はい」
私は彼の腕を握りしめたまま、恐る恐る背後を振り返った。
走って逃げたため男を途中で振り切ったのか、それとも私が彼に助けを求めたから逃げたのかはわからないが、男性の言うとおり背後には誰もいなかった。
「こわ、怖かった……」
安堵で力が抜けたのか、私はその場でずるずるとしゃがみ込んでしまった。そこで初めて、見ず知らずの人に迷惑をかけたことに思い至る。
「あ、あのっ、すみませんっ、私……え?」
助けを求めた男性の顔を見て驚いた。
今までこれほど驚いたことはないってくらいに。
「貴一、さん?」
「……やっぱり瑠衣か。見覚えがあると思った」
私に合わせて膝を突いたのは、あれから十年経ち、大人になった初恋の人。
貴一さんは懐かしそうに目を細めながら、私の顔をマジマジと見つめていた。
艶のある黒髪はあの頃とは違い横に流され、彫りの深い顔立ちは十年の時を経て大人の色香を兼ね備え、男としての魅力を増していた。
暑いのかスーツのジャケットは腕に持っていたが、ネクタイはきっちりと締めており、少しのシワもないワイシャツの首元からは喉仏が見えている。
あの頃の甘酸っぱい思い出が蘇ってくると、同時に切なさも思い出す。
「久しぶりだね。元気にしてた? と、ごめん。そんな話はあとにして。とりあえず通報しないと」
貴一さんは、スラックスのポケットからスマートフォンを取りだし、110通報をした。彼が事情を説明すると、すぐに警察官が向かうと返事があったようだ。
スマートフォンを持つ彼の左手を見て、そこに指輪がはまっていないことに安堵する自分がおかしかった。
初恋は叶わない。そのジンクスは本当だったと知らしめられたいい経験になった。そう納得したし、もうとっくに過去の恋になったはずだったのに。
貴一さんの顔を見たら、あの頃の想いが瞬時に蘇り、胸が痛んだ。
電話が終わり、貴一さんがこちらを向いた。
彼は案じるような顔をして、私に手を差しだした。私はずっとしゃがみ込んだままだったのだ。断るのもおかしくて「ありがとうございます」と言って立ち上がる。
「男につけられたって言ってたね。なにがあった?」
「あ、えっと、駅からずっと男の人がついてきて……」
つけられている気がしたから、ドラッグストアで時間を潰し、男を巻いたのだと説明した。彼は顎に手を当てて思案しながら口を開いた。
横道から出てきたのは、先ほどの男だったのだ。
男はにやりと笑い、私に手を伸ばす。
私はあまりの恐怖で声を出せなかったが、逃げなければならないと反射的に思ったのか、男の手から逃れるように足を前に出した。
「い、やっ……誰、か、た、すけ、はぁ、はぁ、はぁっ」
誰か助けてと、叫んでいるつもりでも、唇が震えているせいか、力ない声しか出なかった。線路沿いに戻り、どこに向かって走っているかもわからず、ひたすら足を進める。
すると、前を歩く人の姿を見つけて、喉から振り絞ったような声を上げた。
「助けてっ……お願い、助けて!」
前を歩いていた男性が何事かと振り返る。
私は恐怖のあまりなにも考えられず、男性の腕にしがみついた。あとから考えれば、私の行動こそが恐怖ではないかと思うものの、このときは頭になかったのだ。
「うわっ、ちょ……っ、どうしましたっ?」
男性はしがみつく私の身体を難なく受け止めた。
私は助けを求めるあまり、離すまいと男性の腕をぎゅうぎゅうと握りしめ、肩で息しながら声にならない声を上げる。
「男の、人……つけられっ、警察、電話して……お願い!」
「男につけられた? 周りには誰もいないみたいですが」
「そんなはず……っ」
男性はパニックになる私を宥めるためか、ゆっくりとした声で言った。
その声にどこか聞き覚えがあり、しかしどこで聞いたのかすぐには思い出せない。
「逃げたのかもしれませんね……とりあえず、見えるところには誰もいないので安心してください」
「誰も……いない? 本当ですか?」
「はい」
私は彼の腕を握りしめたまま、恐る恐る背後を振り返った。
走って逃げたため男を途中で振り切ったのか、それとも私が彼に助けを求めたから逃げたのかはわからないが、男性の言うとおり背後には誰もいなかった。
「こわ、怖かった……」
安堵で力が抜けたのか、私はその場でずるずるとしゃがみ込んでしまった。そこで初めて、見ず知らずの人に迷惑をかけたことに思い至る。
「あ、あのっ、すみませんっ、私……え?」
助けを求めた男性の顔を見て驚いた。
今までこれほど驚いたことはないってくらいに。
「貴一、さん?」
「……やっぱり瑠衣か。見覚えがあると思った」
私に合わせて膝を突いたのは、あれから十年経ち、大人になった初恋の人。
貴一さんは懐かしそうに目を細めながら、私の顔をマジマジと見つめていた。
艶のある黒髪はあの頃とは違い横に流され、彫りの深い顔立ちは十年の時を経て大人の色香を兼ね備え、男としての魅力を増していた。
暑いのかスーツのジャケットは腕に持っていたが、ネクタイはきっちりと締めており、少しのシワもないワイシャツの首元からは喉仏が見えている。
あの頃の甘酸っぱい思い出が蘇ってくると、同時に切なさも思い出す。
「久しぶりだね。元気にしてた? と、ごめん。そんな話はあとにして。とりあえず通報しないと」
貴一さんは、スラックスのポケットからスマートフォンを取りだし、110通報をした。彼が事情を説明すると、すぐに警察官が向かうと返事があったようだ。
スマートフォンを持つ彼の左手を見て、そこに指輪がはまっていないことに安堵する自分がおかしかった。
初恋は叶わない。そのジンクスは本当だったと知らしめられたいい経験になった。そう納得したし、もうとっくに過去の恋になったはずだったのに。
貴一さんの顔を見たら、あの頃の想いが瞬時に蘇り、胸が痛んだ。
電話が終わり、貴一さんがこちらを向いた。
彼は案じるような顔をして、私に手を差しだした。私はずっとしゃがみ込んだままだったのだ。断るのもおかしくて「ありがとうございます」と言って立ち上がる。
「男につけられたって言ってたね。なにがあった?」
「あ、えっと、駅からずっと男の人がついてきて……」
つけられている気がしたから、ドラッグストアで時間を潰し、男を巻いたのだと説明した。彼は顎に手を当てて思案しながら口を開いた。