失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
「相手が誰かはわかってる? 元恋人とか、そういう……」
「違いますっ」

 過去の失恋から来る悔しさだろうか。
 私が腹立ち紛れに言うと、貴一さんは気にした素振りさえ見せずに頷いた。

「そうか」
「誰かは知らないですけど……昨日も、駅で同じ人を見かけた気がします」
「……怖がらせたくないが、そいつ、君の家を知っている可能性もあるね」

 私が泣きそうに顔を歪ませたのがわかったのか、貴一さんは「ごめん」と口にした。貴一さんが謝る必要などないのに。

 三十分後、駆けつけた警察官に事情を説明した。
 貴一さんに話したことと同じになってしまったが、襲われそうになった状況や、男の背格好や顔立ち、おおよその年齢を話す。
 私の話を聞いた警察官は申し訳なさそうに、付近のパトロールを増やします、と言った。

 一緒にいた貴一さんも当然、事情を聞かれた。
 彼が現在、警察庁で働いているとか、この近くに宿舎があると聞いてしまうと、また昔のように話せるかもしれないという期待をしてしまっていけない。
 なるべく一人にならないように。実家が近いならしばらくそちらに行くとか。そんな話をして警察官は帰っていった。

(もう、私は振られたんだから。昔みたいに偶然が続くはずもないし忘れなきゃ。それより、引っ越しした方がいいかな……貯金はあるけど、ちょっとキツイなぁ)

 貴一さんが言ったように、あの男に自宅を知られている可能性はたしかにある。
 ドラッグストアの出入り口付近にはたしかにいなかったのだ。先回りをして待っていた可能性が高いだろう。
 私が気づかなかっただけで、もう何度もつけられていたのかもしれない。そう考えるとぞっとするが、相手が誰かもわからないのでは警察も対処のしようがない。

 一瞬、実家に帰ることも考えたが、八王子にある実家から勤務先の中目黒まで徒歩を含めて一時間半はかかる。
 仕事を考えると、職場からそれなりに近いところに引っ越したい。
 懐は痛むが、今週末にでも転居先を探そう。四月というこの時期にいい部屋が見つかるかは賭けだが、多少妥協してでもここは離れた方がよさそうだ。

「……い……瑠衣?」
「あ、ごめんなさい。ぼうっとして」
「いや、あんなことがあれば平静ではいられなくて当然だよ。一人じゃ怖いでしょ? 誰か家に来てもらえるといいんだけど、恋人は?」
「恋人なんて、いません」
「……あの、彼は?」

 私のプライベートに踏み込むのを躊躇したのか、貴一さんが口ごもる。彼、が誰を指すのかがわからず、私は首を傾げた。

「彼?」
「昔、よく一緒にいただろう?」
「あ、拓実ですか? 拓実は友人ですけど、こういう時に来てもらうのは、さすがに」

 拓実とは高校時代からの友人で、二十八歳になる今も近況報告をする仲である。
 だが、いくら友人とはいえ、家に一人でいるのが怖いという理由で呼べるような仲ではないし、一人暮らしのマンションに彼を入れたこともなかった。

「……そうなの?」

 なぜか貴一さんが驚いた顔をする。その表情の意味がわからなかったものの、聞くようなことでもなくて互いに押し黙った。

「じゃあ、俺が家まで送っていくのでも、いい?」
「いえ、さすがに、そこまでしてもらうのは」
「一人でここから帰れる?」
「でも……」
「もしその男が家の前で待っていたら?」

 貴一さんに言われて、顔から血の気が引く思いがした。

「ごめん、怖がらせたかったわけじゃない。ただ、その可能性は捨てきれない。だから送っていくよ。ほら、行こう」

 腕を引かれ、歩きだす。私の腕を掴む強さに安心して、泣きそうになる。強引にそうしてくれたのは私が断るのを見越してだろう。

< 18 / 85 >

この作品をシェア

pagetop