失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 第一章

「すっごい怖かったの! テレビで観るみたいにさ、黒い目出し帽被ってるし。拳銃みたいなのを持ってるし!」

 私──松原《まつばら》瑠衣《るい》は、手にしたプラスチックのカップをテーブルに置き、当時を思い出し興奮しきった口調で身振り手振りを交えながら話した。

 今日は友人である伊野《いの》拓実《たくみ》と高校二年一学期の試験勉強をするために、学校近くのファストフード店にやって来た。

 店の中には同じ制服を着た学生がたくさんいるが、うちは一学年で千人を超える超マンモス校だから、クラスが違うと顔も名前もわからない。

 私が通う学校は品川区内にある幼稚部から大学まである私立校だ。
 一応進学校ではあるのだが、内部進学生と外部生とでクラス分かれており、さらに言えば特進クラスと選抜・文理クラスでは偏差値でいうところの十~十五以上の差があり、選抜・文理クラスからすると自分たちは〝自称〟進学校の生徒だ。

 ちなみに拓実は特進クラスの生徒で、さらに言えば成績上位者で、テスト前にはいつもこうして私に付き合ってくれている。

 親は少しでも私をいい環境で勉強させたかったようだが、残念ながら私の頭の出来はそこまでよくなかった。
 しかも、そこまで美人でもない。平々凡々の顔面偏差値、中肉中背のチビ。親がせめて勉強くらいは、と思うのも理解できた。
 でも、八王子にある家から学校まで通うのに一時間半はかかるため、通学だけで勉強する気が失せる──そんな言い訳を親にしたら、帰る前に勉強をしてこいと言われて、こうして学校近くのファストフード店に寄ることもしばしば。

 拓実に勉強しろと言われても、おしゃべりに夢中で、成績が上がるはずもない。

「あぁ、うん……まぁそら怖いわな」

 拓実は問題を読み、ノートに式と答えを書きながら、こちらを見もせずに言った。かりかりとペンの走る音が引っ切りなしに聞こえてくる。
 もう十分以上前から話しているのに、彼はノートから一度も顔を上げていない。根元だけが何ミリか伸びて黒くなった金髪のつむじに向かって、私はずっと話しかけているのだ。

「も~拓実《たくみ》は、いっつも冷めてるんだから。ちょっとは真面目に聞いてよ!」

 唇を尖らせて向かいに座る拓実を睨むと、彼は面倒くさそうに顔を上げて、これ見よがしにため息をついた。
 拓実の耳についたピアスは二個と一個。金髪のツーブロックでどこぞのヤンキーかという外見をしているくせに、意外に真面目で面倒見がいい。
 短くカットされた眉毛に鋭い目元と厚めの唇が目を引くが、よくよく見るとかなり整った顔立ちをしているのだ。

 私を見る彼の顔には「喋ってる暇があるなら勉強しろ」と書いてあったが、そんな拓実の冷たい視線に慣れている私にはまったく通じない。
 一年の付き合いにもなれば、彼がなんだかんだと優しく、最後まで勉強に付き合ってくれるのを知っているのだ。

「はいはい」
「適当なんだから、まったく。でね、そのときね……」

 私が勉強もせずになんの話をしているかと言えば、幼い頃に私の身に起きた事件についてである。

 私は小学生一年生の頃、母親と訪れた銀行で強盗事件に巻き込まれた。
 目出し帽を被った数人の男たち(たぶん)が、突然銀行に入ってきて、なにかの破裂音が鳴り響いた。

 覚えているのは男たちの怒鳴り声と、怖いと言って泣く女性の声。誰かが「強盗だ」と囁く声。祈るように両手を組む老人の姿。そして私を抱き締める母の姿だ。
 どうやらそこで、私は十人程の客と共に強盗の人質となってしまったようだった。当時の私には〝強盗〟の意味がわからなかったが、悪い人が来たと幼いながらに思ったのを覚えている。

 母はずっと私の耳元で「大丈夫」「大丈夫だからね」「警察の人が必ず助けてくれるから」と強盗には聞こえないように囁き続けた。
 高校生という年齢になってからあの事件を思い出すと、母はああやって私に言うことで、自分にも言い聞かせていたんじゃないかと思う。

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