失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 第三章


 翌日、なんとか定時に仕事を終えた私は、男につけられていないかと周囲を窺いつつ、真っ直ぐタクシー乗り場に向かった。
 昨日の男性の姿はなかったし、外はそれなりに暗くなっていた。まだ恐怖がいまだ抜けきっておらず、やはり帰り道に不安を覚えたのだ。

 駅前からタクシーに乗り込み、自宅マンションの場所を告げる。
 五分もかからずにマンション前にタクシーが停まると、そこに驚くべき人の姿があった。
 私は慌ててタクシー料金を清算して車から降りた。

「貴一さん!?」
「おかえり、瑠衣」

 懐かしい「おかえり」の言葉に胸が轟く。
 ただ「ただいま」とは返せず、私は会釈をするに留めた。

「あの、どうしてここに? あ、そちらになにか連絡が?」
「いや……違うよ。ごめん、瑠衣が心配だっただけだ」

 昔の知り合いというだけの相手を、そこまで心配しないでほしい。優しくしないでほしい。そう思いつつも、込み上げてくる嬉しさは隠しようもなかった。

「心配してくれて……ありがとうございます」
「タクシーで帰った方がいいって言うのを忘れたと思ってたんだけど。よかったよ」
「定時に帰ってきたんですけど、やっぱりちょっと怖くて」

 私がへらりと笑うと、貴一さんの手が伸びてきて、私の頬に触れた。

「そんな、無理して笑わなくていいよ」

 まるで自分が傷ついているような声で言わないでほしい。
 今、優しくされたら、縋りついて泣いてしまいそうだから。
 私がくしゃりと顔を歪ませると、貴一さんの顔がより痛々しいものに変わる。

「大丈夫です。明日、土曜日ですし、不動産屋さんに行ってきますから」
「契約して引っ越しまでは? どうするの?」
「一ヶ月もかからないと思いますし、タクシーを使おうかなって」

 私が言うと、貴一さんはなにかを迷うように顎に手を当てた。

「貴一さん?」
「宿舎がこの近くにあるって言ったよね? 俺も、定時に仕事が終われば、この時間に駅に着く」
「そうですか……えっと?」

 彼がなにを言いたいのかがわからず首を傾げる。
 すると、苦しそうに目を細めた貴一さんがぼそりと口に出した。

「もう、後悔したくないんだ」
「え?」

 小さな呟きは私の耳には届かなかった。

「いや……なんでもない。瑠衣が心配だから、引っ越しするまでマンションに送らせてくれないか? 今は警察庁勤務だけど、ほらこれでも一応エリート警察官だし」

 彼は私を安心させるためか、柔らかな顔で笑って言った。
 自分でエリート警察官って言っちゃうのとか、ツッコむところはあったはずなのに、彼からの意外過ぎる申し出に言葉が出てこなかった。

「だめかな? あんな関わり方をしたから、瑠衣になにかあったらと思うと、後悔してもしきれないと思う。頼む」
「いや、そんな、さすがにそれはお願いできないですっ!」
「どうして? 昔、友人だったって言っても、何年も会ってなかった男のことなんて信じられない?」
「そうじゃありませんっ! 貴一さんにそんなことさせられないって意味です! たまたま助けただけで、私に関わる義理なんてないでしょう?」
「だから心配なんだって。それに、捜査一課で働いていた頃だったらさすがにちょっと難しかったけど、今は赴任したばかりで引き継ぎ中だから時間の余裕があるんだよ。俺は……瑠衣との縁をここで失いたくない」

 どうしてそんなことを言うのだろう。
 私との縁を切ったのは、貴一さんなのに。
 それではまるで、今後も私との縁を望んでいるようではないか。

「いや?」

 そう聞かれて、私は首を横に振った。すると彼が嬉しそうに目を細める。

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