失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
いじけた口調になってしまったのは、過去、勘違いし傷ついた自分がいるからだ。
すると、貴一さんは掴んだ手に少し力を込めて、私の手を握り直した。指を絡ませて、離れないように恋人繋ぎにされる。
「だから……っ、そういうの……」
「誰にでもなんて、するわけないだろ」
真剣な声色が耳に届く。私を見る彼の眼差しは、からかっているようにも、うそをついているようにも見えない。
(誰にでもしないなら、どうして?)
なけなしの勇気を出して告白した私を振ったくせに。
そう思うのに、もしかしたら応えられない事情があったのではないか、と自分にとって都合のいい方へと考えてしまう。
好きになってはいけない。彼の優しさを勘違いしてはいけない。
そんな風に自分を律している時点ですでに手遅れなのだろう。
彼の手にかかれば、私の消化しきれなかった恋心を呼び起こすことなど簡単に違いない。どんなつもりなのか、貴一さんの気持ちを窺い知ることはできない。
けれど、また私がこの恋に囚われてしまったのだけはたしかだった。
「まずは、駅前の不動産屋に行ってみようか」
「……はい」
貴一さんから話を変えてくれたことにほっとする。
「最寄り駅はここじゃない方がいいと思う」
「そうですよね。職場からそう遠くなければどこでもいいんですけど」
「ただ、この辺りはどこも高いよね」
「そうなんですよね……でも、今と同じ条件じゃなくてもいいので」
「うーん」
今、私が暮らしている部屋は、五階建ての2Kでバストイレは別。収納も十分にある。
築年数こそ三十二年とそれなりだし、駅から徒歩十五分以上はかかるマンションだが、家賃八万円という破格の安さであった。オートロックはついていないが、そこまでを求めるのは贅沢だろう。
「例の男の話だけど、最初、どこでその男に気づいた?」
「たぶん、ホームでだと思います」
「それ以外……っていうか、その男の話じゃなくても、つけられてるって気づく前になにか変わったことはなかった?」
そう聞かれて、私は首を捻った。
変わったことと言われても、毎日、職場との往復だけだ。しいて言うなら、貴一さんとの再会くらいである。
「変わったこと……」
「誰かに声をかけられたとか、通勤中に変だなって思う人と目が合ったとか」
「そういえば……関係があるかどうかはわからないんですけど」
一週間程前、私は仕事帰りに痴漢被害に遭った。
最初は誰かのバッグがお尻にあたっているだけだと思っていたのだが、なにかが太腿の間に入ってきた感覚がして、思わず身動ぐと背後で誰かが笑ったような声が聞こえたのだ。
貴一さん相手に詳しくは話せなかったが、痴漢に遭ったとだけ言うと、彼は不機嫌そうに眉を寄せて、なにかを考えていた。
「痴漢か……それ駅の係員には言った?」
怒ったような口調で言われて、私は無言で首を横に振った。どうして言わなかったのかと責められている気がして、唇を噛みしめる。
(だって、言えないよ……そんなの)
手で触られていればまだわかるかもしれない。
でも、誰かのバッグが身体にあたっていることは多々あるし、もしそれが本当に痴漢でも、どんなことをされたのかと駅員や警察に話すのが恥ずかしかった。
痴漢だと私は思っていたが、足の間に入ってきたものがビジネスバッグの類いだった可能性もあり、声を上げる勇気はなかったのだ。
泣きそうな私に気づいたのか、貴一さんが眉を下げて、焦ったように口を開いた。
「ごめんっ、瑠衣を責めてるわけじゃないんだ。ただ、瑠衣に触った男がいるのかと思ったら、腹が立ってしまって。怖がらせるつもりじゃなかった、ごめん」
繋いだ手とは反対の手が私の頬に触れた。
優しい彼の顔にほっとしたからか、こらえていた涙が一滴、頬を伝った。
すると、貴一さんは掴んだ手に少し力を込めて、私の手を握り直した。指を絡ませて、離れないように恋人繋ぎにされる。
「だから……っ、そういうの……」
「誰にでもなんて、するわけないだろ」
真剣な声色が耳に届く。私を見る彼の眼差しは、からかっているようにも、うそをついているようにも見えない。
(誰にでもしないなら、どうして?)
なけなしの勇気を出して告白した私を振ったくせに。
そう思うのに、もしかしたら応えられない事情があったのではないか、と自分にとって都合のいい方へと考えてしまう。
好きになってはいけない。彼の優しさを勘違いしてはいけない。
そんな風に自分を律している時点ですでに手遅れなのだろう。
彼の手にかかれば、私の消化しきれなかった恋心を呼び起こすことなど簡単に違いない。どんなつもりなのか、貴一さんの気持ちを窺い知ることはできない。
けれど、また私がこの恋に囚われてしまったのだけはたしかだった。
「まずは、駅前の不動産屋に行ってみようか」
「……はい」
貴一さんから話を変えてくれたことにほっとする。
「最寄り駅はここじゃない方がいいと思う」
「そうですよね。職場からそう遠くなければどこでもいいんですけど」
「ただ、この辺りはどこも高いよね」
「そうなんですよね……でも、今と同じ条件じゃなくてもいいので」
「うーん」
今、私が暮らしている部屋は、五階建ての2Kでバストイレは別。収納も十分にある。
築年数こそ三十二年とそれなりだし、駅から徒歩十五分以上はかかるマンションだが、家賃八万円という破格の安さであった。オートロックはついていないが、そこまでを求めるのは贅沢だろう。
「例の男の話だけど、最初、どこでその男に気づいた?」
「たぶん、ホームでだと思います」
「それ以外……っていうか、その男の話じゃなくても、つけられてるって気づく前になにか変わったことはなかった?」
そう聞かれて、私は首を捻った。
変わったことと言われても、毎日、職場との往復だけだ。しいて言うなら、貴一さんとの再会くらいである。
「変わったこと……」
「誰かに声をかけられたとか、通勤中に変だなって思う人と目が合ったとか」
「そういえば……関係があるかどうかはわからないんですけど」
一週間程前、私は仕事帰りに痴漢被害に遭った。
最初は誰かのバッグがお尻にあたっているだけだと思っていたのだが、なにかが太腿の間に入ってきた感覚がして、思わず身動ぐと背後で誰かが笑ったような声が聞こえたのだ。
貴一さん相手に詳しくは話せなかったが、痴漢に遭ったとだけ言うと、彼は不機嫌そうに眉を寄せて、なにかを考えていた。
「痴漢か……それ駅の係員には言った?」
怒ったような口調で言われて、私は無言で首を横に振った。どうして言わなかったのかと責められている気がして、唇を噛みしめる。
(だって、言えないよ……そんなの)
手で触られていればまだわかるかもしれない。
でも、誰かのバッグが身体にあたっていることは多々あるし、もしそれが本当に痴漢でも、どんなことをされたのかと駅員や警察に話すのが恥ずかしかった。
痴漢だと私は思っていたが、足の間に入ってきたものがビジネスバッグの類いだった可能性もあり、声を上げる勇気はなかったのだ。
泣きそうな私に気づいたのか、貴一さんが眉を下げて、焦ったように口を開いた。
「ごめんっ、瑠衣を責めてるわけじゃないんだ。ただ、瑠衣に触った男がいるのかと思ったら、腹が立ってしまって。怖がらせるつもりじゃなかった、ごめん」
繋いだ手とは反対の手が私の頬に触れた。
優しい彼の顔にほっとしたからか、こらえていた涙が一滴、頬を伝った。