失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 ただ、部屋を決めるのはそう簡単ではなかった。
 空き室が少ない時期というのも理由にあるだろうが、私の予算内だと貴一さんが納得する物件がないのだ。

 中目黒近辺で家賃七万円以下、1DK以上、オートロック付き、バストイレ別、駅から徒歩五分以内なんて、探す前から「あるわけないでしょ」と言いたくなる。築年数五十年の風呂なし、オートロックなしアパートならあったが。

 私が今の部屋と同じ条件でいいと言っても、貴一さん的には絶対にだめらしい。オートロック付きと駅から五分以内を譲ってくれなかった。

 そうなると家賃が高すぎて薄給の私では手が届かない。


 結局、何件か不動産屋を回ったところで、歩き疲れて遅いランチを取ることになった。
 焼きたてパンが食べ放題のレストランはドアを開けて中に入ると、パンの香ばしい匂いが香ってくる。くぅとお腹が弱々しい音を立てた。

 スタッフに案内されて二名用の席に着き、ランチメニューの中からパスタを頼む。貴一さんは私とはべつの種類のパスタを頼み、喉が渇いていた私はグラスに口をつけた。
 半分ほどを飲み干して、グラスをテーブルに戻す。
 ふとテーブルを挟んで向かいに座った貴一さんを見ると、彼は両腕を組んで、悩ましい顔を見せていた。
 まだ、私の引っ越し先について考えているのだろう。

「やっぱり駅から近いところは無理です。家賃十万超えはかなりキツいので。ほら家賃は給料の三分の一以下って言うでしょう?」
「う~ん、でもなぁ」

 引っ越しをするはずの私が、不動産屋さんと一緒になって貴一さんを説得する羽目になり、結局なにも決まらずに持ち越すことになってしまった。
 そこまで心配してくれていると思うとくすぐったい気分になるが、今の家に住み続けるのは避けたいし、なるべく早く引っ越したいため、貴一さんに納得してもらうしかない。

「ね、いっそのこと、俺と一緒に住む?」
「はい?」
「問題が片付くまでさ、一緒に住まない? 我ながらいい考えだと思うんだよね。俺が借りてるのは独身用の宿舎だから、そこに来てもらうのは無理だけど、俺がしばらく瑠衣の家に泊まるなら問題ないでしょ」
「問題ないって……ありますよ」
「そうかな? 一緒に暮らせばさ、休みの日にゆっくり引っ越し先を探せるよ。職場から多少遠くなってもいいなら、それなりの部屋があると思うしね」

 言っていることはわかるが、問題ありありではないか。どうして貴一さんは〝さもいい考えだ〟とばかりに目を輝かせているのだろうか。

「瑠衣の部屋ってワンルーム?」
「いえ、2Kですけど」

 2Kと言っても、四畳半が二部屋、あとは二畳ほどのキッチンがあるだけの狭い部屋だ。
 私は一部屋は寝室、もう一部屋は横開きドアを外して、リビングダイニングとして使っている。

「それは助かるな。さすがに瑠衣のベッドに潜り込むわけにもいかないし……」
「ベッドって……あの、本気ですか?」
「もちろん瑠衣がいやじゃなければ、だよ」

 下心なんて欠片もありません、という顔で微笑まれると、どう捉えていいのかわからなくなる。意識しているのは私だけなのだろうか。

(そりゃ……好きな人と一緒に暮らせるんなら、嬉しいよ。私のことを心配してるだけで、一緒に暮らそうなんて、普通は言わないよね)

 やっぱり少しは好きだと思ってくれているのだろうか。ぐるぐると同じことばかり考えてしまう。

 でも、恋心はべつにして、彼が一緒に住んでくれたら、とも思う。今一人きりで家にいるのは怖い。物音がするたびにびくついてしまうし、おちおち出かけることもできない。
 私は好きな人と一緒に暮らせて、なおかつ安心も手に入れられる。私からすればメリットこそあれ、デメリットなど欠片もなかった。
 貴一さんからすればなんのメリットもない提案でしかないが。

「あの、うち……布団ないですよ」

 そう答えている時点で彼の提案を呑んでいるようなものだ。
 貴一さんは私の言葉に嬉しそうな顔を見せると、私が食べ終わったのを見計らって伝票を手に取った。

「じゃ、行き先変更」
「どこに?」
「ホームセンター」

 布団を買うんだ、と得意気な顔で言う貴一さんを見て、私は盛大に噴きだしたのだった。


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