失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 それからどれだけの時間が経ったのかは、わからない。
 母の腕の中でうとうとしながら目を瞑っている私の耳に、なにかが割れる音が聞こえてきた。そのあと強盗たちが慌てふためきながら怒声を発した。

 そして、あれよあれよという間に、何人もの黒い格好をした人たちが行内に入ってきて、悪者たちを捕まえてしまったのだ。
 あっという間の出来事だった。
 幼かった私には、なにが起こったかもよくわからなかった。目出し帽を被った男たちが黒い集団に連れていかれるのを、母の腕の中でただ呆然と見送っていた。

 しばらくして、私たちが銀行の外に出ると、安心したのか私を抱き締める母が声を殺して泣いていた。
 母の腕と吐く息が震えていた。私も男たちの怒鳴り声を思い出し、急に怖くなって、母に縋りついた。

「うわぁぁっん」

 私が大声を上げて泣き始めると、同じく人質になっていた大人たちも、こらえきれずに泣き始めた。母も私をぎゅうぎゅうと抱き締めて声を出して泣いていた。

 すると、近くに立っていた警察官が私の近くに来て、その場にしゃがみ込んだ。

「もう大丈夫だよ。怖かったね」

 その男の人は私の頭を軽く撫でて、穏やかな声でそう言ったのだ。

「そのときね、警察の人が『もう大丈夫だよ、怖かったね』そう言って、私の頭に帽子を被せてくれたの!」
「知ってる。だって俺、その話を五十回は聞いてるから」
「女の子の話をそうやって流す男はモテないよ。五十一回目もちゃんと聞いて!」

 私は、テーブルをばんばんと手で叩きながら、拓実に視線を向けた。

「だから、それで警察官に憧れたって話だろ?」
「も~結論はそうなんだけど! だってスーパーヒーローみたいじゃない!? かっこよかったなぁ、あのお兄さん!」
「いや、かっこ悪いとは言わないけどさ。お前を助けてくれた警察官は黒い服だったんだろ。普通、そっちがスーパーヒーローなんじゃねぇの?」
「うーん、そうなんだけど……特殊部隊の人たちヘルメットみたいなの被ってて顔もよく見えなかったから、ちょっと怖かったんだよね」
「助けてくれたのにカワイソウ」
「だからそのあとに優しくしてくれた警察官がキラキラして見えたのかも」
「記憶が美化されてるだけで、その警察官、実はおっさんかもしれねぇじゃん」
「うん、まぁ覚えてる感じでもおじさんなんだけど。おじさんって言ったら失礼でしょ。歳とかどうでもいいし」

 警察の制服を着た男性の顔はよく覚えていないが、うちのお父さんと同じくらいお腹が突きでていたし、髭のあともすごかった。
 むしろお父さんと同じ年代だったから、当時の私はあれほどに安心したのかもしれないし、かっこよく見えたのかもしれないなと今になって思う。

「あ、そう……」

 拓実はどうしてか安心した顔をして、カップの中身をずるずると啜った。
 なぜ彼がそんな顔をするのかはわからなかったが、五十一回目の話を聞いてもらい大満足の私は気に掛けなかった。

「つうか、勉強しに来たんだろ。まだその話を続けるなら帰るぞ、俺」
「やだやだ、見捨てないで。拓実さま!」
「だったらちゃっちゃと問題を解け」
「あ、そのまえに追加の飲み物とアイス買ってくる」
「お前……本当にいつもやる気ねぇな。ほれ、これで俺の分も買ってきて」
 
 拓実はため息をつきながらも、財布から五百円玉を取り出し、私に手渡してくる。どうやらまだ勉強に付き合ってくれるらしい。

「カフェオレでいいんだよね?」
「お~よろしく」
「わかった~行ってくるね」

 私は空いたグラスをトレイに載せて、席を立った。そのとき、斜め向かいに座っていた男性も、私と同じタイミングで席を立つ。
 なんともなしにそちらに目を向けると、その男性もこちらを見ていた。
 微かに笑っているように見えるのは、もしかしたら先ほどまでの話を聞かれていたからかもしれない。

(うわ、うるさかったのかな!? 恥ずかしい~こんなイケメンが隣に座ってるって知ってたら、もっとおしとやかにしたのに! 拓実のばか~、止めてよ!)

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