失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 今にも眠ってしまいそうな気怠さの中、私は逞しい胸に顔を埋めたまま、呼吸を整えた。
 ソファーの上で貴一さんの膝に乗り上がり、彼の胸にもたれかかる。
 汗の匂いと貴一さんの体臭が混じり合い、自分の身体からも同じ匂いがする。それがなんとも心地好くて、行為が終わったあとも離れがたかったのだ。

「身体、大丈夫?」

 貴一さんがそう聞くのは、私が初めてだったと知ったからだろう。彼の声がどこか弾んでいるのは気のせいじゃないはずだ。

「大丈夫ですから、聞かないで」

 言えるわけがない。終わったあとの感想なんて。
 私は男性と身体を重ねるどころか、キスさえしたことがなかったのだから。

「貴一さん……」
「ん?」
「……どうして、昔、無視したの?」

 眠りに落ちそうなまどろみの中、考える前に言葉が口を衝いて出てしまう。
 過去のことは水に流そうと思っていた。今さら蒸し返したところで、すっきりするわけでもない。だから、もういいと。

 でも、今聞かなければ、このわだかまりをずっと胸の奥に隠しておくことになる。
 彼の言葉を信じたいのに、昔のように振られるのではという気持ちが心のどこかに残ってしまっているのは、そのせいだ。

 貴一さんは信じられないくらい私を大切にしてくれる。それは一緒に暮らした一週間で十分に伝わってきた。
 忙しいはずなのに、私を送るために定時で仕事を終えて、どこに出かけるにも付き添って。好きでもない相手にそこまで尽くせるとは思えない。
 だからこそ、ならばどうして十年前は、と考えてしまうのだ。

「無視?」
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