失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 第五章


 貴一さんと一緒に暮らし始めて一ヶ月。

 結局まだ引っ越し先は決まっていない。というのも、貴一さんと一緒に暮らし始めてからおかしなことは起こっておらず、だんだんこのままでいいかという気分になっていた。

 土曜日の今日は二人とも仕事が休みともあって、朝はゆっくりしている。
 朝食を食べたあと、洗い物と風呂掃除を貴一さんがやってくれている間に、私は洗濯ものをベランダに干していく。

 窓を開ければもわっとした重い空気が室内に入り込んでくる。
 二十七度設定にしたエアコンを一日中かけ続けていなければ熱中症になりそうなほど気温が高い。

 彼のワイシャツや下着を干していると、なんだか夫婦生活の練習でもしているみたいだと考えてしまう。いつかとは思うけれど結婚の約束をするほど付き合いは深くない。

(でも、いつかは……)

 今日はあと二時間もしたら拓実とのランチの約束に出かけるつもりだ。もちろん貴一さんも一緒に。
 拓実はデートに付き合わされるのはごめんだと言っていたけれど、なんとか説き伏せた。

 自分の下着はタオルで囲うようにしてピンチハンガーに留めた。通りから見える位置には、貴一さんのTシャツやワイシャツを干す。
 洗濯物を干し終わり、キッチンで手を洗って冷蔵庫を開けると、クッキーの生地がいい具合に固まっていた。
 明日のおやつにでもしようかと、アイスボックスクッキーの生地を朝食後すぐに冷蔵庫の中に寝かせておいたのだ。
 オーブンを予熱し、生地をカットして鉄板にのせていった。

 オーブンの終了音が鳴り、部屋中に甘ったるい香りが充満してくる。
 匂いがバスルームまで漂っていたのか、風呂掃除とトイレ掃除を終えた彼がキッチンにひょいと顔を出した。

「いい匂いがする」
「クッキー焼けました。朝ご飯食べたばっかりですけど、食べますか?」
「うん、食べたい。コーヒー淹れるね」

 彼は食器棚からグラスを二つ取り出すと、冷蔵庫からアイスコーヒーを出して、グラスに注いだ。
 貴一さんがグラスをソファー前にテーブルに運ぶのを横目に見ながら、ミトンをして鉄板を引っ張りだし、焼けたクッキーを皿に並べた。

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