失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
 身長百五十センチに届かない私からすると、大抵の男性は巨人である。だが隣に立った男性は、身長百七十五センチだと言っていた拓実よりもさらに背が高い。
 鋭さのあるキリリとした目に男らしい太い眉。驚くほど長いまつげに、すっと通った鼻筋。唇はやや分厚く、肌は健康的な色をしていた。
 私の勝手な想像ではあるが、バスケをやっていそうだなと思ったのは、半袖シャツから覗く腕が綺麗な筋肉の付き方をしていたからだろう。
 艶のある黒髪は真っ直ぐに下ろされ、揉み上げも襟足も綺麗に切りそろえられていて、見るからに育ちの良さも垣間見える。真面目そうではあるがガリ勉ではないと思う。

 しばらくマジマジと観察してしまい、我に返る。

「ご、ごめんなさい」

 美形を前にして緊張しきった私は、彼の邪魔にならないように慌てて通路の端に寄った。

「ど、どうぞっ!」
「あぁ、いや、君が先に立ったんだから、どうぞ。俺はあとで大丈夫。彼氏を待たせてるんだよね?」

 拓実は彼氏じゃない、と否定しようとするが、たまたま偶然隣に座っただけの相手にそんな話をしても困らせるだけかと思いとどまった。
 普通を地で行く私にめちゃくちゃイケメンの彼氏ができるのを一瞬妄想しかけて、二人で手なんて繋いじゃって並んで歩いているところを想像し、緩く首を振った。
 どう考えても、釣り合わなすぎる。
 目はぱっちりと大きく、鼻が低い。丸みのある頬に小さな唇。染めていないボブカットの黒髪。あまり日に焼けない方で肌も白い。つまり私は、ものすごく童顔である。

 一応、可愛いと言われることはある。拓実も冗談で「お前は可愛いぞ」とか言ってくるが、可愛いの言葉の前に〝チビで〟という言葉が隠れているのを知っている。
 私に対しての〝可愛い〟は、どちらかと言えば小動物的なものを愛でている感覚に近いのだと思う。
 やたらと頭をぽんぽんとされることはあっても、男の人から恋人になりたいというアピールをされたことなんて一度もない。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

(あぅ……かっこいい~!)

 男性に笑みを向けられて、私の心臓はきゅんとおかしな音を立てたのだった。


 翌日もまた、私はテスト勉強をするために一人でファストフード店を訪れていた。
 ノートがなくなったから買ってから行くという拓実と別れ、彼の用事が終わるのを勉強をしながら待つつもりだ。

 二階で空いている席を探し、窓際の二人席にトレイを置いた。なんともなしに隣を見ると、また例の彼が座っていた。

(ふわぁ、麗しい~眼福~!)

 彼は音楽を聴いているのかイヤホンをしている。テーブルには飲みかけのカップ、そしてなにか難しそうな本とルーズリーフが置いてあった。真剣な顔をしてテーブルに視線を落とす彼がもしも彫刻だったなら、私は何時間でも見るだろう。
 残念ながら彼は生きた人間だから、じろじろと見るわけにはいかない。

「ふわぁ」

 声に出したつもりはなかったのに、感嘆の声が漏れていたらしい。イヤホンをしているのに私の声が届いたのか、彼が本から顔を上げた。

 目が合って、彼が「あ」となにかに気づいた顔をした。
 どうやら昨日会ったのを覚えてくれていたようだ。
 会話とも言えない会話だったのに、ほんの短い邂逅にもかかわらず私を覚えていてくれたのだと思うと嬉しくて、口元がにやにやと緩みそうになる。

 私は慌てて頭を下げて、席に着いた。彼も会釈を返してくれた。
 いつもだったら拓実が来るまでスマートフォンのアプリをチェックしているところだが、隣の彼に遊んでいると思われたくなくてノートと参考書を取りだした。

 勉強をやっているふり、なんて器用な真似を私ができるはずもなく、彼がこちらを気にしているはずもないのに、見られていたらと思うとサボることもできず問題を集中して解いていく。

 それから十五分もすると、彼はスマートフォンで時刻を確認して席を立った。

(もう、帰っちゃうんだ)

 後ろ姿をつい目で追っていると、トレイを片付けるために立ってこちらに身体を向けた彼と目が合った。

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