失恋したはずなのに、エリート警察官僚の再会執愛が止まりません
「なに?」
「ん~ちょっと、髪が気になる。動くなよ」

 汗で髪が額に貼りついていたのか、彼の指先が動き、払うように動かされた。拓実は切ないような苦しいような顔をして私を見る。

「拓実?」
「じっとしてろ」
「わかった?」

 前髪を耳にかけられて、彼の指先が私の耳をなぞる。貴一さんにつけられた赤い痕に触れられた気がするが、くすぐったさに目を細めていると手は離れていった。

「ありがと」
「これだけ人が多いとエアコン効いてても暑いよな。ワイシャツ見たら休むか?」
「そういえば喉渇いたよね」
「じゃあ決まりな。あ、お前夕飯どうすんの? あいつ帰ってくる?」

 拓実は、目当ての店に足を向けながら、横を歩く私を見て言った。
 貴一さんは夕飯の時間に帰ってこられなさそうだし、家で食べようかと思っていた。

「ううん、夕飯はコンビニで済ませるって言ってた」
「じゃあ、帰りがてら食って帰るか」
「いいの? 遅くなっちゃわない?」

 申し訳ないが家まで送ってほしいと拓実には伝えてある。今、私が住んでいる地域から拓実が住むところまで電車で三十分の距離だ。
 今日は遠出をしているし、かなりのロスになるだろう。

「変な遠慮をすんな。たまにしか会えないんだから、一日遊ぼうぜ」
「うん」
「そうと決まったら夜なに食うかも決めなきゃな」
「ねぇ、さっき食べたばっかりなんですけど」
「肉か……まぁ肉だな」
「……聞いてない」

 私は大量の紙袋を持ってショッピングモールを出た。
 最寄り駅近くで食事をして、拓実に家まで送ってもらった頃には、時刻は二十時近かった。たくさん歩いたせいで足が棒のように重い。

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